インハウスローヤーは私を妻にして専務になりたいだけ ~なのに待っていたのは溺愛でした~
「やはり、あなただったのか」

義貴さんの声はため息のようにも、同情のようにも聞こえて。けれど、彼の顔を見たくはない。ドクドクと、胸が厭な音を立てている。

「知ってたんですか……?」
「ああ。……いや、確証を持ったのはつい先ほどだ」

義貴さんはそう言いながら、私の向かいに腰かけた。彼のスーツが目に入り、その襟に着けられた金色のバッジがきらめいている。

「あなたはあの時――牛丼屋で、知ったんだよな。私が、あの時あなたを助けた男である、と」

あの日の光景が脳裏に浮かぶ。ウェストミンスター橋、響くクラクションと悲鳴、下半身だけが見えた父、青ざめる母、警鐘を鳴らすように響くエリザベスタワーの鐘の音――。
面と向かって言われれば、恨めしさとうしろめたさが相まって、悔しさとやるせなさが私を襲った。

「はい……」

まるで喉が絞まってしまったように苦しい。どうにかひねり出すように声を出したけれど、胸の中は罪悪感でいっぱいだ。
私は、あなたを悪魔と思って生きてきた。恨んで生きてきた。

「あなたは、私に何か特別な感情を抱いているよね」

何も言えない。
助けてくれた相手に、ずっとなぜ生かしたんだと恨んでいた、だなんて。

「それはきっと、いいものでない」

言い当てられ、怖くなる。恨んでいたことを知られたら、私は何かされてしまうのだろうか。

感情がぐちゃぐちゃになって、視界がぼやけた。目頭ににじんだ涙が、溢れ出しそうになる。

零れないように洟をすすれば、それが私の返答みたいになってしまった。
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