インハウスローヤーは私を妻にして専務になりたいだけ ~なのに待っていたのは溺愛でした~
「楓さん……?」
「お姉様……?」

二人の私を呼ぶ声が聞こえる。

「あなたは、他者を思いやるという事を知らないのですか? あなたは、生きてる限り苦しむ人がいるのにも関わらず、誰かを苦しめないと生きていけない愚か者なのですか?」

私は苦しかった。
同じように、渚紗だって苦しかったんだ。

皆、もがいて苦しみながら、必死に生きている。そんな中で、他の誰かを意図的に、しかも自身の快楽のために苦しめていいはずがない。

「こ、この! 暴力女!」

凱晴さんは立ち上がり、逃げるようにエレベーターへ戻ってゆく。

彼を叩いてしまった右手を、呆然と見つめる。そんな私の横で、義貴さんは胸ポケットから何かを取り出して、渚紗に差し出した。

「もし何か彼に関してご相談したいことがございましたら、こちらへどうぞ。私はインハウスローヤーなので社内の法務も承りますが、こういう案件はこちらの事務所の方が適役でしょうから」

そう言うと、くるりと踵を返してこちらに微笑みながら手を伸ばす。

「楓さん、行こうか」
「はい……」

義貴さんに左手を差し出されたけれど、私はその手を取ることはできなかった。
そんな私の肩を抱き、義貴さんは私をエレベーター内へと誘った。

「何なのよ、もう……」

エレベーターに乗り込んだ瞬間、妹の涙混じりの声が、背後から聞こえた。
< 65 / 70 >

この作品をシェア

pagetop