辞書には載ってない君のこと
恥ずかしいっ 


恥ずかしい…っ 



恥ずかしい…!!!



廊下を一直線に駆けて来た。

隣の隣のクラス、自分の教室までも通り過ぎた。

どうしたらいいかわからなくて、どこへ行ったらいいのかわからなくて、走りたいだけ走った。


あんな風に思われてるだなんて思わなかった。


ただ中村くんが貸してくれるから、いつも送り出すみたいに貸してくれるから…


それに甘えてた。


勉強をしに来てる学校で、授業のたびに忘れ物してるなんておかしいもんね。


どうかしてるよね、そんなの… 


足が止まる。

ポロポロと瞳からは涙がこぼれてた。


なんで…私… 


とにかく走りたいだけ走って来たせいで、教室からは遠く離れて生徒たちは誰もいないところまでやって来た。

空き教室の前、静かで風が冷たい。

私の心にひゅーっと入り込んで来るみたいで。


涙が止まらなかった。 


あんなこと言われるなんて思ってなくて、考えてなくて…


恥ずかしかった。


ものすごく恥ずかしかった。

中村くんにもそう思われてたらどうしようって、恥ずかしくてしょーがなかった。


そんなこと思う必要ないのにね。


だって私はただお兄ちゃんのせいで持って来られない辞書を借りに来てるだけなのに…


そう思ってたのに。


言われて気付いたの。



“あっちゃん狙われてるんだよ”

その通りだって思っちゃった。

図星を突かれたみたいだった。


中村くんに会えるのが嬉しくて、今日はいっぱい話せるかなって期待して、現国の授業がない日はちょっとだけ寂しかった。


楽しいって思う気持ちも、ドキドキした胸の高鳴りも、全部中村くんだった。



でも初めてだったからわからなかったの。


気付けなかったの、この気持ちに。 




私中村くんのことが好き。



好きだって、初めて思った。
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