辞書には載ってない君のこと
「いろは、おまたせ!」

ずーっと中村くんを待っていたけど待てど暮らせど来なくて今日はもう来ないのかと思ってるとやっとやって来た。

「ごめん、遅くなっちゃって!」

おかげでみんな帰っちゃって、教室には私1人。

中村くんが来たから2人になったけど。

「辞書ありがとう!」

「うん…」

中村くんから辞書を受け取ろうと思って、中村くんの前に立った。

差し出された辞書に手を伸ばし…たのに、スッと私の手を避けるように辞書がズラされた。


「え?」


辞書と同じようにズラした視線から中村くんの方を見る。

「ねぇ、いろは。なんで辞書借りに来なかったの?」

「え、それは…お兄ちゃんから帰って来たから」

「そーなんだ!戻って来たんだ、よかったね!」

「うん」

だから借りに行く必要がなくなった、それだけだった。


「じゃあもうオレに会いに来てくれないんだ?」


目を合わせた中村くんがじぃっと見つめるように。

「え…」

何も答えられなかった。

何を言えばいいのかわからなくて、視線を逸らすこともできずに。

「じゃあさっ」

中村くんがペラペラと外箱から出した辞書をめくり出した。


会いに来てくれないって、それって…


「“あっちゃん”って誰?」


開いたページを私に見せるようにして、トンッと指を差した。

勢いで書いたからそんなことすっかり忘れてた。

ラクガキなんて慣れないことはするもんじゃない。

その文字を、見せられることになろうとは。



“あっちゃんが好き”



「あぁーーーーーーーーーーーーーっ!」



初めて出した声量に自分でびっくりしちゃった。

私こんな声出るんだ、新発見。
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