辞書には載ってない君のこと
辞書に名前書かない人って結構いるのかな、私は何でも書いちゃうタイプだから辞書にもちゃんと書いてるけど。

歩きながら外箱から辞書を取り出した。

ちゃんと外箱には入れてるんだよね、傷とか汚れとか守ってくれるからあった方がいいのかなって…

「……。」

中身はラクガキばっかだけど!

ペラペラってページをめくってみればいろんなとこにラクガキがしてあって、使ってるのか使ってないのかよくわかんないほどに書いてあった。

使ってないねきっと、授業中辞書引いてるフリして遊んでるやつだねコレは。

こんなにラクガキはあるのに名前はないとか…


「あ、辞書の子!」


廊下に響いた通る声に顔を上げた。

手に持った辞書を見るために俯いてた私の方を指差していた男の子…


「あ、辞書の人!」


貸してくれた男の子だ!

「あ、あのっ!これ…!」

パタッと閉じて慌てて外箱にしまった。
返さなきゃ!って思いが先行してグイッと勢いよく差し出した。貸してもらった時もこんな感じだったなって思いながら。

「貸してくれてありがとう、ペナルティー受けないで済んだからすごい助かった…です」

最後緊張が出ちゃった。

知らない男の子と話すのは慣れなくて。

「よかった~!みなもっちゃん、忘れもんするとめんどくさいもんね!」

忘れものをすると源本(みなもと)先生が適当に抜粋した文字30個調べて来る宿題という名のペナルティーが出る、それが地味に大変で。
電子辞書使っちゃう子もいるけど、変なとこでマジメな私はつい紙の辞書を使っちゃうの。

「よかった、返せて」

ついでにこの使命感からも解放されてホッとした。借りたままってなんだかモヤモヤしちゃうから。

「もしかしてオレのこと探してた?」

くりくりとした瞳にほわほわな肌、口角を上げるとぷくっと頬が飛び出す。

「うん、名前…わからなかったから」

チワワみたい、そんな愛らしさを感じて。

中村新(なかむらあらた)!」

だけど目の前で話す声を聞いたら、その瞬間私の中にインストールされるみたいにすぅっと取り込まれていった。

「オレの名前、覚えといてよ」

どうしてかな、忘れない気がしたの。
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