辞書には載ってない君のこと
「貸してあげよっか?」

ひょこっと教室の窓から顔を出した。

ふふんって笑いながら、頬をぷくっとさせて。

「えっと…中村くん」

「オレ持ってるから!なぜなら持って帰ってないから!」

「いいの?」

「いいよ、持って来るからちょっと待ってて!」

そう言って顔を引っ込めて教室の中へ入って行った。

2日連続で借りることになるなんて、てゆーかあいつまた忘れたんだとか思われてない!?

「あっちゃんと知り合いだったの?」

「あっちゃん?」

「うん、今の」

「あぁ…」

そんな風に呼ばれてるんだ、中村くん。

「昨日辞書借りてた人、中村くんだったの」

「そうなんだ、あっちゃんだったんだ探してた人」

「そう、中村くん」

きっと中村新くんだからあっちゃん、でもすごく中村くんに似合う呼び名だなぁと思った。

親しみやすくて愛らしい感じの、あっちゃん…

「どうぞ、いろはちゃん!」

え、今名前呼ばれた!?

スッと差し出れた辞書、受け取ろうと手を伸ばしたけど気になって顔を上げた。そしたらにこっと笑っていた。

…私名前言ったっけ?言ってないような気がするんだけど。

「貸してくれる人いてよかったね、いろは」

辞書が手に渡るともう用が済んだように教室の中へ戻って行ってしまった。辞書を受け取って胸にしまい込むようにぎゅっと両手で包み込んだ、視線を下ろすようにして。

「いろは?」

下を向かないとダメだって思ったから、感じたことのない熱が顔に行き渡っていて。

男の子に初めて名前で呼ばれたから。
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