その溺愛、契約要項にありました?〜DV婚約者から逃れたら、とろ甘な新婚生活が待っていました〜
10 憂鬱な夜会1
馬車に揺られながら、ぼんやりと左腕に巻かれた包帯を見る。
その下にある赤黒い痣は数日経って少しばかり範囲が狭くなったにせよ、くっきりとまだ残っている。
季節は秋に移り変わり、袖の長い服で隠すことができていたものの、流石にドレスアップをするとなると隠しようもなくなる。
仕方なく包帯で巻いたうえで、長めのストールを羽織る事にして、それを隠すことに決めた。
あの翌日、グランドリーはまた私の家を訪れた。前日とは打って変わって落ち込んだ様子で私に謝罪をした。
どうやら本当に、私とロブダート卿が二人きりになった経緯を問い合わせたらしく、それが王太子殿下の命によるものだったという事を理解したらしい。
謝罪と共に、今後このような乱暴な振る舞いを改めると約束し、翌日には痣を消すのにいいと言われる塗り薬と共に、このストールを贈られた。
どうせならば袖の長いドレスくらい新調させればよかったと思いもしたものの、そんなものが仕上がる前に痣が消えてしまうだろうと思い立ち、諦めた。
代わりにストールを外す事ができないから、ダンスはできないという事を承知させることができただけでもよしとするべきだろう。
グランドリーはどの夜会でも私とダンスを踊りたがる。
そうして周りにひけらかして優越感に浸るのが好きなのだ。それに気づいてしまってから私にとってあの時間は憂鬱でしかない。作りきった麗しく優しい婚約者の顔で、あたかも私の事を愛しそうに見つめるあの顔を、あんなことがあった以上、至近距離で見続けられる自信がない。
今日の夜会は彼の腕に手を添えて、終始笑顔を振りまいている事が私の仕事だと言い聞かせて憂鬱な溜息を吐く。
できることならこんな状況で彼の……ロブダート卿の前には出たくなかった。
おそらく今日の夜会は彼も出席するだろう。
しかしあんなことがあった後に、これほど公の場で彼と接触するのは避けたかった。ただでさえグランドリーは今、彼の事に対してナーバスになっているのだ。
とにかくそれも含めて憂鬱で、今すぐ馬車を家に引き返させたくてたまらない。
しかし無情にも馬車はゆっくりと止まって、そして扉が開かれる。
「やぁティアナ、僕の婚約者は今日も美しいね」
貴公子のような顔をして、優し気に微笑む婚約者は、数日前に恐ろしいほどの力で私の腕に痕を残したその手を親切に差し出してくる。
この手を振り払えたらどんなにいいだろうか。
しかしやはり私には、この手を拒む選択肢は考えつかない。
なんだかんだと愚痴をこぼしながらも、私は結局無力なのだ。