その溺愛、契約要項にありました?〜DV婚約者から逃れたら、とろ甘な新婚生活が待っていました〜

101 そもそも彼女は…【リドック視点】

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綺麗な子だ……初めてティアナを見た時に感じた感想はそれだった。

学院の入学式。
王立学院の入学式では新入生代表が宣誓の言葉を述べる事が習わしで、それは試験の成績優秀者が指名されるとても名誉な事だった。

当然、その役目は自分に来るものだと疑っていなかった俺は、彼女の背中を面白くない気分で見ていた。
宣誓を終えて、くるりとこちらに向きを変えて壇上から降りて来る彼女の凛とした姿に目を奪われるまでの話だ。

ティアナ・モルガン

地方に小さな領土を持つ伯爵家の娘。

それくらいの情報は、式を終えて教室に戻ればすぐに手に入った。

スペンス家の次男に生まれて、自分の心を殺し、時に狡猾に、時に要領よくやって来た。
頼りになる母は亡く、父は本妻である侯爵夫人とその息子の暴走を見て見ぬふり。
周囲の人間に興味を持つことも、期待することなどもなく生きて来た中で、彼女に心を奪われたのは、俺の中では革命ともいえた。

是非、お近づきになりたい。考えに考えて、ようやく彼女に話しかける事が出来たのは入学してふた月後にあった試験の結果発表の時だ。

この時の俺の予定では、彼女より良い成績を取って、次席の彼女に声をかけ、俺という人間を意識してもらおうと思っていたのだが……結局トップは彼女だった。
それでもこの状況を使わねばと焦りながら、彼女に声をかけると次席である事と「次は負けない、お互いに頑張ろう」と伝えた。

最初はキョトンとしていた彼女も、掲示された俺の名前と俺を見比べて、花のように微笑むと。

「よろしく。今回はきっとたまたまだから……でもライバルなんて言ってもらえて光栄だわ」と友好的に返してくれた。

それからというもの、彼女の中では俺はきちんと認識されたらしく、顔を合わせれば話をする程度の存在になることができた。

少しずティアナと距離を詰めて、いずれは恋人同士になれないだろうか。
伯爵家の彼女の実家には跡取りとなる弟がおり、彼女は後継には全く関係がない。

そして自分は侯爵家の次男。アピールには弱いがそれでも彼女と二人で新しく事業を立ち上げてもいい。
そんな淡い期待を持ちながらも、少しずつティアナと距離を詰めていく予定だった。

「婚約が決まったんだ、相手はティアナ・モルガンって伯爵家の令嬢だそうだ! お前、知ってるだろう?」

普段、邸の中で俺を見ても、その辺のごみ屑同然に無視する兄が、珍しく話しかけて来た言葉に凍り付いた。

思わず兄を見返せば、普段自分に対して表情を変えない俺が、顔をひきつらせたのだから、さぞや嬉しかったのだろう。

兄は母親譲りの性格の悪そうな瞳を細めて、勝ち誇ったように笑った。

「美人で、成績も優秀らしいな。まぁ俺は俺の役に立つ女で横に並んでも見劣りしないレベルなら何でもいいさ。お前も嬉しいだろう。憧れの彼女と家族になれるんだから、俺に感謝しろよ」

「そう……おめでとう」

何とか声を振り絞って、それだけ言った。腹の中は煮えくり返りそうなほどだったのを覚えている。

学院在学中、周囲の期待に反して兄はさほど良い成績を収める事が出来ておらず、よく母である公爵夫人の癇癪の種になっていた。
反して妾の子と蔑んでいる俺は入学してから常に学年の次席をキープしていたから、俺が学院に入学してからというもの兄と、母は煮え湯を飲まされているような思いだったのだろう。

ことさら勝ち誇った様子の兄を見て、俺は全てを悟った。

どこかで、俺の学院生活は彼らに筒抜けているらしい。
俺がティアナに想いを抱いている事を知った上で、あえてティアナと婚約を結ぶことにしたのだろう。

しかもティアナは唯一、同学年で俺より成績も良い人間だ。

どこまでも性根の腐った親子だろうか。

しかしここで怒ってもどうにもならない事は、これまでこの家で生きて来た中で十分理解している。

懸命に平常心を装って、学院ではティアナとは通常の友好関係を継続すると共に、婚約者として兄の側に彼女がいる時には、関わらないようにするしかなかったのだ。

そんな中、一つ幸いだったのは、ティアナ自身が兄に心を奪われてる素振りがない事だった。
やはり彼女はとても賢くて、兄の癇癪やプライドの高い継母を上手く扱っていた。
ただ規格外のずれた思考の持ち主を2人も一気に相手をせねばならない苦労は相当だ。

しかも2人は彼女の事を自分の所有物のように、振り回す事を厭わない。
これでは彼女が気の毒だ。

元はと言えば、俺が彼女に恋慕したからこうなったわけで……そのせいで彼女が不幸になる姿は見ていられなかった。

だから俺は彼女を救うべく計画を立てた。


次期スペンス家の当主になる兄の婚約者に彼女がなってしまった以上、この貴族社会の中で彼女と俺が結ばれるのは難しい。
しかし、当主は必ずしも兄のグランドリーである必要はないのだ。俺にだってスペンス家の血は流れている。
兄達からティアナを救うには、俺が兄を蹴落として当主の座に付けばいいのだと。

それまで一切興味のなかったスペンス家の後継者という立場。
なんならさっさと捨ててしまいたかった家だが、兄と継母を失脚させて、ティアナを妻にできるのなら悪くないと思った。

だから、色々と行動に移して、様々な根回しをしていた。

完璧だったはずだ。それなのに、一人の男の存在が全てを台無しにした。

ロブダート卿 ラッセル・イザルド

計画を邪魔した挙句、上手くティアナに恩を着せて、選択肢のない彼女を囲い込んだ。

そして今、必死に彼女を守るふりをしながら自身の狡猾さを取り繕っているのだ。
話し合いの場にいちいち注文や制約が多いのはそのせいだ。

もう奴のペースで話し合いをしても意味がない。

ティアナ、待っていてくれ。
もうすぐ君を助けてあげるから。
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