その溺愛、契約要項にありました?〜DV婚約者から逃れたら、とろ甘な新婚生活が待っていました〜
102 観劇の午前
♢♢
「どうした? なんだかあまり元気がないな?」
以前と同じ劇場のボックス席。
舞台は幕間を迎えて、灯が灯り、観客たちの騒めく声が聞こえると、心配そうに夫が私の顔を覗き込んで来たので、私は慌てて首を振る。
「そう、かしら? 少し会場の熱気でぼうっとしてしまって……」
パタパタと手で顔を仰ぐように振って見せると、彼は一瞬怪訝な顔をして「そうか……」と呟くと、私の額に手を当てる。
「熱は……無さそうだな。なにか飲み物を用意させようか」
そう言って後方に控える従者に指示を出し始めるので、その隙にほっと息を吐く。
久しぶりの彼との外出は、ここ最近頭を悩ませる事柄が多かった分、とても楽しみにしていた。
それなのに、そんな楽しみが吹き飛んで
上の空になるほどの事柄が起こって、正直私は気が気ではなくなってしまった。
事の発端は、今日の午前。
彼が日課である剣術の鍛錬に行っている間、私は自室のソファにくつろいでお茶を飲みながら読書をしていた。
ここ最近お仕事に根を詰めているせいなのか、考え事が多いせいなのか、珍しく本を開いて間もなく、私は居眠りをしてしまっていた。
マルガーナに「そろそろ外出のご準備を」と声を掛けられ、ハッとして目が覚めた。
「ごめんなさい。いつの間にか眠っていたのね」
「日々お忙しいのですもの、仕方ありません。でも……このところ多いですね?」
幼い頃からずっと近くにいたマルガーナが不思議そうに首をかしげるので、「そうなのよ」と苦笑する。
昔から、勉強中や読書中にあまりうたた寝をすることがなかった私が最近頻繁に寝てしまう事が増えているのだ。
自分でも珍しいと思ってはいたものの、やはりマルガーナもそう感じていたらしい。
「もう若くないという事なのかしらね。夜もしっかり寝ているはずなのに、直ぐ疲れてしまうのよね」
自虐的に笑って、肩を竦める。
同年代のマルガーナならば「そんな事言わないで下さいよ~」と軽く笑って流してくれるだろうと、そう思っていたのに、彼女はなぜかハッとしたように息を呑み、私の顔をまじまじと見つめると、しばらくして意を決したように口を開いた。
「お嬢様……いえ、奥様……月のものって……そう言えば今月はまだきておりませんよね?」
唐突な話に首を傾け、はて、そろそろ来る頃ではないだろうかと思ったところで、彼女が言わんとしていることがどういうことなのか理解できた。
「えっ、ちょっとまって……そろそろだとは思うけど……」
思いもかけないことに、私の頭の中はフリーズして、今日が何日なのかすら思い出せなくなる。
そんな私と対照的にマルガーナはなにやらブツブツ言いながら指を折って数えている。
「私の記憶が正しければ……ご予定より3・4日ほど遅れています」
「3.4日……まぁその程度なら……」
誤差の範囲だろう。少し遅れているだけかもしれない。そう思って苦笑して見せるが、マルガーナは至極真面目な顔で「いいえ」とキッパリ言い切って首を振る。
「私の記憶上、貴方様の月のものが遅れるなんて極めて稀です。あっても1~2日くらいなものです」
「たしかに、遅れることはあまり無いけど、でもまだこれくらいじゃあ何とも……」
「たしかに、まだ時期的にも早いかとは思いますが……でも最近の奥様のお疲れ具合や眠そうなご様子も、そうであるなら合点がいきます」
「私が、妊娠……」
自然と手が下腹を撫でる。
当然だがそこに著しい変化はない。
全くその実感もない。
「とにかく、早めに旦那様にご相談を!」
「っ、ちょっと待って!」
逸るマルガーナに慌てて声を上げる。
「もし違ったら、困るわ。もう少し様子を見ましょう。あと数日したら医師に見てもらって……確定したらお伝えしするのでも遅くはないはずよ!」
「確かにそうではありますが……」
私自身が半信半疑な上まだ受け止め切れていないのに、このまま彼に話してしまったら、彼は困惑してしまうに違いない。
まだそうと決まったわけでもない内から騒ぎ立てて、更に彼の考える事を増やしたくはない。
子どもができたと聞けば、彼は喜ばしく思ってくれるだろう。なによりロブダート家の跡取りになるのだから。
だからこそ彼はきっとリドックの件を早く解決しようと無理をしそうな気がするのだ。
リドックからは未だ私を含めた話し合いを了承したという連絡はないと言う。
「お願い。少しだけ……あと1週間くらい! それで月のものが来なければ、お医者様の診察を受けるわ」
縋るようにマルガーナを見上げれば、彼女は困ったように微笑んで「分かりました。でも1週間しかダメですよ?」と念を押してきた。
「どうした? なんだかあまり元気がないな?」
以前と同じ劇場のボックス席。
舞台は幕間を迎えて、灯が灯り、観客たちの騒めく声が聞こえると、心配そうに夫が私の顔を覗き込んで来たので、私は慌てて首を振る。
「そう、かしら? 少し会場の熱気でぼうっとしてしまって……」
パタパタと手で顔を仰ぐように振って見せると、彼は一瞬怪訝な顔をして「そうか……」と呟くと、私の額に手を当てる。
「熱は……無さそうだな。なにか飲み物を用意させようか」
そう言って後方に控える従者に指示を出し始めるので、その隙にほっと息を吐く。
久しぶりの彼との外出は、ここ最近頭を悩ませる事柄が多かった分、とても楽しみにしていた。
それなのに、そんな楽しみが吹き飛んで
上の空になるほどの事柄が起こって、正直私は気が気ではなくなってしまった。
事の発端は、今日の午前。
彼が日課である剣術の鍛錬に行っている間、私は自室のソファにくつろいでお茶を飲みながら読書をしていた。
ここ最近お仕事に根を詰めているせいなのか、考え事が多いせいなのか、珍しく本を開いて間もなく、私は居眠りをしてしまっていた。
マルガーナに「そろそろ外出のご準備を」と声を掛けられ、ハッとして目が覚めた。
「ごめんなさい。いつの間にか眠っていたのね」
「日々お忙しいのですもの、仕方ありません。でも……このところ多いですね?」
幼い頃からずっと近くにいたマルガーナが不思議そうに首をかしげるので、「そうなのよ」と苦笑する。
昔から、勉強中や読書中にあまりうたた寝をすることがなかった私が最近頻繁に寝てしまう事が増えているのだ。
自分でも珍しいと思ってはいたものの、やはりマルガーナもそう感じていたらしい。
「もう若くないという事なのかしらね。夜もしっかり寝ているはずなのに、直ぐ疲れてしまうのよね」
自虐的に笑って、肩を竦める。
同年代のマルガーナならば「そんな事言わないで下さいよ~」と軽く笑って流してくれるだろうと、そう思っていたのに、彼女はなぜかハッとしたように息を呑み、私の顔をまじまじと見つめると、しばらくして意を決したように口を開いた。
「お嬢様……いえ、奥様……月のものって……そう言えば今月はまだきておりませんよね?」
唐突な話に首を傾け、はて、そろそろ来る頃ではないだろうかと思ったところで、彼女が言わんとしていることがどういうことなのか理解できた。
「えっ、ちょっとまって……そろそろだとは思うけど……」
思いもかけないことに、私の頭の中はフリーズして、今日が何日なのかすら思い出せなくなる。
そんな私と対照的にマルガーナはなにやらブツブツ言いながら指を折って数えている。
「私の記憶が正しければ……ご予定より3・4日ほど遅れています」
「3.4日……まぁその程度なら……」
誤差の範囲だろう。少し遅れているだけかもしれない。そう思って苦笑して見せるが、マルガーナは至極真面目な顔で「いいえ」とキッパリ言い切って首を振る。
「私の記憶上、貴方様の月のものが遅れるなんて極めて稀です。あっても1~2日くらいなものです」
「たしかに、遅れることはあまり無いけど、でもまだこれくらいじゃあ何とも……」
「たしかに、まだ時期的にも早いかとは思いますが……でも最近の奥様のお疲れ具合や眠そうなご様子も、そうであるなら合点がいきます」
「私が、妊娠……」
自然と手が下腹を撫でる。
当然だがそこに著しい変化はない。
全くその実感もない。
「とにかく、早めに旦那様にご相談を!」
「っ、ちょっと待って!」
逸るマルガーナに慌てて声を上げる。
「もし違ったら、困るわ。もう少し様子を見ましょう。あと数日したら医師に見てもらって……確定したらお伝えしするのでも遅くはないはずよ!」
「確かにそうではありますが……」
私自身が半信半疑な上まだ受け止め切れていないのに、このまま彼に話してしまったら、彼は困惑してしまうに違いない。
まだそうと決まったわけでもない内から騒ぎ立てて、更に彼の考える事を増やしたくはない。
子どもができたと聞けば、彼は喜ばしく思ってくれるだろう。なによりロブダート家の跡取りになるのだから。
だからこそ彼はきっとリドックの件を早く解決しようと無理をしそうな気がするのだ。
リドックからは未だ私を含めた話し合いを了承したという連絡はないと言う。
「お願い。少しだけ……あと1週間くらい! それで月のものが来なければ、お医者様の診察を受けるわ」
縋るようにマルガーナを見上げれば、彼女は困ったように微笑んで「分かりました。でも1週間しかダメですよ?」と念を押してきた。