その溺愛、契約要項にありました?〜DV婚約者から逃れたら、とろ甘な新婚生活が待っていました〜

110 狂気

「あの男……ロブダート卿とだって契約結婚なんだもんね。だったら俺を選んでいてもおかしくはない、そうだろう?」

「っ、そうかもしれないわ……でも!」

「だったらフェアじゃないと思わないかい? タイミングが少しずれていたら俺が、勝ち取っていた筈だったのにさ?」

「っ、勝ちって……」

何をリドックが言い出したのかよくわからず言葉を失った。


そんな戸惑う私に対し、リドックはゆっくり組んだ足を解くと立ち上がって、私の隣まで距離を詰めると、私の手首を掴んだ。

「っ、何を⁉︎」

「ならさぁ、公平に決めてよ! 今度はうちに来て、あの男と俺とどっちがいいか、一緒に過ごせば、俺がいいって言わせる自信あるよ? いい考えだろう? それで君が決めた結果なら、僕は納得できるよ?」


まるで憑き物が落ちたかのような爽やかな笑みを浮かべたリドックが強い力で私の手首を引く。

あまりにも強引なそれに引きずられるように椅子から尻が離れて、ゾワリと背筋に悪寒が走る。

ダメだ! 連れ出されたら、おそらく彼のアパートメントとやらに連れて行かれてしまう。

どうにか抵抗しなければ

「やめてっ!」

「大丈夫だよ! ロブダート家には後からちゃんと知らせておくし」

心配しないでいいよ! と物分かりのいい風に笑った彼は、わたしの話など一切聞く耳などなく、困惑したように近づいてくるギャルソンに「馬車を呼ぶから、来るまでオーナールームで待たせてもらうよ!」と告げて、抵抗するわたしの手を引いて、店内の片隅……私たちの席のすぐ側にある従業員用のコネクティングドアに手をかける。

ダメだ、このままこのドアを通ってしまったら。

嫌な予感しかない。

「っ、嫌っ‼︎」

リドックが扉を開く瞬間、一瞬の彼の手の力が緩んだのを逃さず手を振り切る。
その足で走り出して逃げようとするものの、高くはないとはいえヒールを履いている足に、長いドレスが巻き付き、ぐらりバランスを崩し、前面を床に打ちつけるように倒れ込む。


その瞬間、わたしの頭に過ぎったのは、お腹の事で……

もしお腹の中に命が宿っているのならば、この子を護らなければ……

咄嗟にお腹を庇って床に倒れ込んだ。

ごつんと肩を強く打ち付けて強い痛みが走る。
痛みで息をつめて、それでも逃げなければと慌て起き上がると、信じられないものでも見るようにこちらを見下ろすリドックと目があった。

「もしかして、妊娠している? あの男の……」

「っ……」
思わずお腹を庇って息を詰める。
まだ確定ではないが、その可能性はある。そんな事を告げたらこの男はどのような反応に出るのだろうか。

これまでの彼の行動が支離滅裂すぎて、読めないのが恐ろしくて答えられずにいると、どうやら彼の中でその沈黙を是とったらしい。

「なるほどね。契約結婚と言いながら、きちんと夫婦はしていたんだ? まぁそうか、跡取りはいるもんね?」

納得したように呟いて、わたしを見下ろしたリドックは、その口から衝撃的な言葉を吐いた。

「それは好都合だね。その子供さえロブダート家に渡せばロブダート卿ももう跡取りには困らないね。2人目で我慢するからさ、次は俺の跡取りを産んでくれたらいいよ」

その瞬間、フツリと、私の中で何かが切れた音がした。
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