その溺愛、契約要項にありました?〜DV婚約者から逃れたら、とろ甘な新婚生活が待っていました〜

111 公正

「いい加減にして……勝ちとかフェアとか……好都合だとか……私は物でも誰かの所有物でもないわ!」

絞り出した声は、思った以上に小さかった。

お腹を庇った手が震えた。
目の前にいる支離滅裂な男への恐怖心なのか、それとも怒りからなのかは分からない。

泣きたくもないのに目頭が熱くなる。こんなところで泣いている暇はないのだと自身を奮い立たせて、リドックを睨みつければ、彼は意外そうな顔でこちらを見下ろす。

「君を物扱いだなんて、そんなつもりはないさ! 考えて欲しい。俺以上に君のことを想って君のために生きてきた男もいないはずだよ? それなのに、偶々その場に居合わせたような男に計画を邪魔されたんだ! 取り戻そうとするのは当然ではないかい?」

「そこに私の気持ちは? 私がどう想っているだろうかって……考えてくれた事はある?」

私の問いに、リドックが不敵に微笑む。


「もちろんあるさ! だから君の思いを直接聞きたいと俺は再三要望していたじゃないか」


「そう、確かにそうだったわね……だから今、私はここまで来たわ」

立ち上がろうと脚に力を入れるけれど、鋭い痛みが走りこのまま立ち上がって再度テーブルに着く事はできない。
かと言って、足を痛めたことをリドックに知られたら、治療と称して連れて行かれかねない。


彼が……ラッセルが私の不在に気がついて、私を見つけてくれるまで、どうにかリドックと話をつけて、ここに留まるしかない。
もともと私がしでかした不始末でこんな事態になっているのだから、自分で収拾をつけるべきなのだ。

落ち着けるように、ゆっくり息を吐いてリドックを見つめる。


「だから私の意思で、私の思いを伝えるわ。私は、貴方のところへは行きません。なぜなら夫を愛してるの。彼の側以外で私は生きていくつもりはないわ」



「っ……」

私の言葉に、リドックの不敵な笑みが消える。代わりに唇を噛み締めて、睨みつけるような視線に、私は真っ向から対峙する。


「確かに、最初は契約結婚だったわ。でも一緒に過ごすうちに、ロブダート侯爵の地位でもなく、ただのラッセル・イザルドと言う人を好きになった。彼はいつも私を尊重して、優しく見守って、認めていてくれた。私はそんな彼が疲れた時にそれを癒せる場所を作りたい。もちろん役にも立ちたいけれど。だから……」


リドックに向けて頭を下げる。

「本当にごめんなさい。確かに貴方の言うように貴方が先に戻ってきて、グランドリーとすり替わったのなら、私は家のために貴方と結婚したかもしれない……でもきっと私の中では貴方は夫でありながら、同級生のリドックのままだったと思うわ。グランドリーと同様に心から愛する事はできなかったと思う」


「っ、そんなの分からないじゃないか! ティアナは俺の事をまだきちんと知らない筈だ! 俺の側で生活していたら……だから一度、俺と過ごしてみようて提案しているだろう!」


バタンとリドックが握ったまま半開きにしていたコネクティングドアを叩きつけて、足を踏み鳴らす。



あまりの音に、ビクリと身体が震えて、その瞬間私の脳裏には、あの日の晩のグランドリーの怒号が響き渡る。
  

リドックはこちらまでやって来ると、私の肩を強く掴む。

「俺とあの男、どちらがいいか、公正に見てよ! でないと納得なんて出来きるわけないだろう!」
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