その溺愛、契約要項にありました?〜DV婚約者から逃れたら、とろ甘な新婚生活が待っていました〜

114意外な人物 【ラッセル視点】

♦︎♦︎

「あの時の私にとっては、グランドリーもあなたも同じだった」

きつい言葉だと、彼女も覚悟をした上で言った言葉は、そのままねじ曲がりようもなくリドックの胸に突き刺さっただろう。

こんなことを彼女に言われようものなら、自分なら立ち直れないだろう。
そんな考えたくもないことを考えながら、不覚にも少しばかりリドックに同情する。

しかしここまで言わないと伝わらない相手であろうことは事実で、彼女の選択を間違ったものだとは思わない。

「っ、俺と、あの馬鹿が同じだと!?」
忌々し気に、怒鳴り声を上げたリドックは、とてつもなく屈辱的な顔で苛立たようにティアナを睨みつけている。

彼女を支える腕から伝わる、わずかな震え。
彼女もフラッシュバックと戦いながら、この言葉を絞りだした事が理解できる。

もう、この場から連れ出した方がいい。そう判断すると、後方に控えているダルトンに視線を送る。
すでに店の前に馬車はつけてあるようで、わずかな頷きが返された。

「リドック・ロドレル。気持ちは分からないでもないが、以前の話し合いの時にも警告したが、そのように激高した状態で彼女と話をするのは控えて欲しい。現に今彼女は少しフラッシュバックを起こしかけている。このまま話し続けていても、そちらにとっては何ら有益な状況にはならないことくらいは分かるだろう?」

「っ、うるさい! そう言ってまたティアナを俺から隠すのだろう! あんたの都合のいいように話を進められるのは御免だ!」

「都合のいいように……という場面がどこにあった? 結局、今日ティアナを連れ出して本人から聞けた答えは、俺が話し合いの席で伝えた内容と相違なかっただろう? 彼女自身から彼女の意思を聞くことができて、その結果はどうだった? 最初に話し合いをしたときに俺はあなたに「問題はティアナがティアナの意思でどちらを選ぶか」だということと伝えたはずだ。ティアナの意思はどうだった?」

「っ……そんな事、長くあんたの側にいるのだから、そちらを選ぶに決まっているだろう! 一度俺の側に来て俺と過ごせばきっとティアナの意見も変わるはずだ! だから一緒に行こうと言っているのに、ティアナはそれを拒む! どうせあんたがそうさせているのだろう‼︎」

結局は同じような主張を喚き散らすリドックは、すでに冷静さを欠いているのは明白だ。
このままではまた話にならない。
どうすべきか……こういう輩はこの先の展望を決めて少し冷静にさせなければ何をしでかすか分からない。
そう頭を悩ませ始めた時、流れを変えたのは意外な人物だった。

「いや……一緒に行くの拒まれているなら、すでにもう振られてるじゃないか?」

その場に響いた間の抜けた……というか誰よりも冷静な言葉は、ディノの言葉で。

全員の視線が彼に集まると彼は慌てた様子で「いや、だって」ともごもご話始める。

「俺、学生の頃からリドックとティアナ嬢は相思相愛なんだって、リドックから聞かされていたんで勝手にそう思ってました。だからそれなりに下心はあったけど、引き裂かれた二人のためにって協力もしました。でも、なんか今の話聞いてたら……完全なリドックの勘違いだろ? ティアナ嬢は昔からリドックの事なんて眼中になくて今は平穏に自分で選んだお相手と過ごしているのに、急に出て来た好きでもない男に俺の事好きになるかもしれないから一緒に生活しようって言われたらそりゃあ拒むだろう?」

当たり前だろう? と首を傾けて訝しむような視線をリドックに向けたディノは「なぁ?」とリドックに問いかける。

「確かに俺はリドックがここに戻って来るまですごく努力をしてきた事は知っているし、スペンス家がお前をどう扱って来たかも、どれほどお前が悔しかったかも知っている。お前には本当に幸せになって欲しいって思っていたからこそ、国外に出たお前の協力もした。まぁ他にも理由はあったけど、今はそれは置いといてくれ……でもさ、努力したから許されるわけでも、すべてが報われるわけでも無い事はお前だってわかっているだろう? 相手がある事なんだし。その人の気持ちも織り込んで考えるべきだってこともさ。今お前がやってることって、お前の継母と兄貴がお前にしてきたことと変わらないんじゃないか? 相手の主張無視して、自分の我を通す。通らなきゃ子供みたいに駄々をこねてねじ伏せるってさ……そんな奴等に踏みつけにされてきたティアナ嬢が、同じようにしようとしているお前の所なんて行きたくないのも当然だと俺は思うけど?」

リドックに問うた彼は、困った様子で頭を掻きながら、こちらに視線を向ける。

「的を射てないですかね? これだけ口を出しておいて頓珍漢な話しだったら申し訳ないですが……」
とバツが悪そうに謝るので、問題ない……と首を振る。

恐らく、今この場にいる者の中で当事者ではなく、誰よりも的確に説得力のある意見を言えたのは彼しかいなかっただろう。俺が同じことを言ってもリドックには刺さらないだろうし、ティアナがそんな事を言えばもとはと言えば彼女が勘違いをしていた事が元凶だったのだと、リドックをさらに激高させたかもしれない。

その証拠に、ディノに問いかけられたリドックは毒気を抜かれたように、言葉を失っている。
辛い時期から努力している時まで全てを知っている友人からの言葉だからこそリドックの中に響いたに違いない。

「少し、お互いに冷静になった方がいい。店にも迷惑をかけているし、納得できないのならば明日にでも話し合いの場を設けたらどうです? どちらかが主導になる事に障りがあるなら、俺が場を設けますから」

どうでしょう? とディノが問うてくるので、俺は頷いて肯定を示す。彼の申し出はこちらにしてみれば渡りに船だ。

リドックもこちら側から話し合いの場を提案するよりも素直に応じるだろう。案の定「いいか?」と問うディノの言葉に顔をゆがませながらも、頷いた。

「ならば、ティアナが怪我をしているようなので、こちらは失礼させていただく」

ディノと視線を交わして頷き合うと、ティアナの膝裏に手を入れ、彼女を抱き上げる。

突然のことに「きゃぁ!」とティアナが悲鳴を上げて俺にしがみつくが、そのまま踵を返して階下へ降りた。
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