その溺愛、契約要項にありました?〜DV婚約者から逃れたら、とろ甘な新婚生活が待っていました〜

115 謝罪【ラッセル視点】

階下では、店のオーナーと思しき男性と従業員達が困ったようにこちらを見上げていたものの、客の姿はなかった。
というのも、ここに到着してすぐに、優秀なダルトンによって2階に居合わせた客たちも含め全て退店させたからだ。

「迷惑をかけてしまったな、すまない」と店主に詫びると彼は困った様子で「いえ……当店はスペンス卿に出資いただいていますので……」と悲し気に微笑まれた。
恐らく彼の胸中は、こんな問題を起こす出資者と提携してしまった事による不安な気持ちが大きいはずだ。

励ますように、店主に視線を送り、店を出ると目の前につけられた自邸の馬車に乗り込む。

そこでようやくティアナを下ろすと、彼女の顔をまじまじと観察する。

「ごめんなさい……」
眉を下げてうつむいた彼女が最初に発した言葉は謝罪の言葉だった。

「何に対しての謝罪だ?」

問いかけて彼女の顔を上げさせると、美しい瞳が湿り気を帯びて潤んでいる。

「勝手にリドックについて行ったことであれば、その謝罪はうけとろう。でもこの件で迷惑をかけているという事への謝罪ならそれは必要ない。これは君だけでなく、俺の問題でもある」

「両方よ……勝手に動いてしまってごめんなさい。直接リドックと話して解決できると思たの、でも思い上がりだった」

彼女の瞳からこぼれた涙を拭って、湿った頬に口付けると、しっかりと正面から抱きしめる。

「君が、いなくなったって聞いて呼吸が止まるかと思った。状況的にリドックの仕業と聞いて更に……もう黙っていなくなるのはやめてくれ。本当に心配したんだ」

「ごめんなさい。連れ出される前に来てくれてありがとう」

ぎゅうっと彼女がしがみついて来る。その肩は震えていて、どうやらあの瞬間を思い出してしまったらしい。
自分自身も、あの瞬間……コネクティングドアの前、しかも床の上でリドックが嫌がる彼女の肩をつかんで怒鳴り散らしているいる光景を見た時には、息が詰まった。

ディノが剣を抜いてリドックを牽制しなければ、すぐに間に入ってリドックを蹴りとばしていたに違いない。
彼女の震える肩をなだめながら、ようやく生きた心地で息を吐いた。

もし数分到着が遅ければ、もしかしたらティアナはあの状態のリドックと共にどこかへ消えていたのかもしれない。そんな最悪の状況を回避でき、こうして彼女が安堵で泣けるならば十分だった。

しばらく彼女の髪や背を撫で、馬車に揺られる。

今日は夕食の予定もあったけれど、怪我をした彼女を連れまわすことなどできない。
真っすぐ邸に戻る道すがら、彼等の元に踏み込む直前、聞いていた事を思い出す。

戻って、彼女が落ち着いて…手当が済んだら、きちんと彼女に確認しよう。

< 115 / 129 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop