その溺愛、契約要項にありました?〜DV婚約者から逃れたら、とろ甘な新婚生活が待っていました〜

119仲裁者【ラッセル視点】

♦︎♦︎
ディノが我が家へやって来たのは夜も遅くになってからの事だ。

食事を終えて、すでに眠ろうかとしているティアナの髪をベッドで撫でている時に来訪が知らされたので、結局ティアナの目も覚めてしまい、彼女も同席する事になった。

やって来たディノは、夕に見た姿からは随分と疲れている様子だ。


「端的に言えば、リドックも理解はしました……ただ納得をしているかと言うと、まだ時間は必要です」

疲れたように、項垂れた彼が目頭を押さえて大きく息を吐く。

「おそらく今のリドックに完全に理解して納得しろと言う方が難しいでしょう。彼はおそらく愛情とか人を愛する事とか、愛されることが根本から理解できていないのだと思います。生まれ育った環境を思えば無理もないと思います」


「たしかお母上も幼い頃に亡くされたとか?」

俺の問いにディノは困ったように肩をすくめる。

「産まれてすぐに亡くなっています。同腹の姉がいると聞いていましたが、母親の亡きあとすぐに養子に出されて、交流はないそうで、記憶もないと聞いた事はあります」


「なるほど、相手を所有物と認識して執着するしか出来ないのかもしれないな。そこに愛情というものが必要な事は分かっていても、それがどういう事かは分からない……彼の生い立ちを思うと、気の毒でもあるな」

「そういう面で、今回の事はリドックにとってはいい勉強にはなったかもしれませんね。彼が、同じ失敗を犯さないように変わろうと思えば……ですが」

「その兆しはあるのか?」

問題はそこだろう。とディノに問いかけると、彼は少しだけ困ったように眉をよせて、微笑んだ。


「現状はまだですね。でも、リドックは昔から努力家で優秀なやつなので、同じ失敗は繰り返さないようにすると思います」

「そうか……それで、話し合いはどうする?」

リドックが納得いかないのなら、明日にでも話し合いの場を持つべきと思っていたが、ディノの話を聞く限り、必要がないように聞こえる。

「あぁ……その話し合いですが、リドックは必要ないと……自分が惨めになるだけだから断ってくれと言われて、参りました」

これが本題です。と苦笑しながら肩をすくめるディノは、なんだかこの数時間で10年は老けてしまったようなくたびれた顔をしていて、リドックを諌めるのにかなりの苦労があった事が伺える。

「そうか……アンジェリカ嬢の家の方は大丈夫だったのか?」

そう、ディノにはリドック以上にケアをしなければならない婚約者がいるのだ。こちらの事情に巻き込んでしまったアンジェリカ嬢を思うと胸が痛い。


そんな俺の問いに、ディノは「あぁ……」と肩をすくめる。

「大丈夫です。どうやらアンジェリカの父親は弟と甥が何か目論んでる事を察知していたらしく、動きは早かったです。アンジェリカも落ち着きを取り戻しています。もしかしたら俺の友人の仕業かもしれないと伝えましたが、婚約者の家のお家騒動が俺の弱点になってしまった事を逆に詫びられてしまいました」

だからこちらは大丈夫なので、気にしないでください。と言われて、俺もティアナも頷くことしか出来なかった。

「とにかく、一応はこれで一件落着です。」

そう言って立ち上がったディノは深々と頭を下げる。

「勘違いしていたとは言え、お二人の仲を裂くような事をしてしまい申し訳ありませんでした」

恐らく彼が必死になってリドックを説得したのも、このような時間になっても、きちんとこちらに報告に参じたのも、全てはこれを伝える為だったのだろう。

「一ついいか? さきほどディノとリドックの間で交わしていた話の中にジェイクの名前があった……あれは一体どう言う事だ?」

ずっと気になっていたのだ。2人が話に出していたジェイクと言う人物がもし、自分の知っているジェイク・バトラーという男の事であるならば……


俺の問いに、ディノは一度ハッとしたように顔を上げて、苦しげに眉を歪めると、絞り出すような声で。

「王太子宮担当の事務官だったジェイク・バトラーです」

と白状したのだ。
< 119 / 129 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop