その溺愛、契約要項にありました?〜DV婚約者から逃れたら、とろ甘な新婚生活が待っていました〜

121 幕引き【ラッセル視点】

「前回同様、お前に貸しを作れると思っていたが、なるほど水面下でそんな事が起こっていたとはな」


翌朝、早々に王宮に上がると、殿下の居室へ向かう。
以前、ティアナを保護したあの朝と同様に、優雅に朝食を取る殿下に同席するよう勧められる。向かい合って昨晩までの経緯を話すと、殿下は理解をしたと頷いて、ただそれ以上には何の興味もない様子だった。


「 まさか殿下にまでご迷惑をおかけする事になっていたとは、思いもせず……大変申し訳」

「いやぁ、まぁそれは別にお前が謝る事ではないさ」

深々と頭を下げるのを途中で制されて驚いて殿下を見上げると、彼は皮肉気に口元を歪ませる。


「そろそろ父上がご退位の意向を示される頃合いなんだ。それに伴って、側近達の洗い出しを水面下で行わせていてな。ジェイク・バトラーはまさにその網に掛かって今現在沙汰を待っている最中だ」


殿下の側に使えていて、初めて聞く話だった。
そうであるならば、おそらく自分自身も調査の対象であったのだろう。驚きを隠せずに殿下を見ていると、彼は「調査は既に完了したよ」とサラリと言って退ける。

「管理側はジェイクも含めて5人、着服や、実態のない業務、部下に行き過ぎた指導を行っていたりした者が出てきたよ。あそこは昔からの体質が根強いから、これを機に少しばかりテコ入れをしないと、国王の政務を扱う事は出来ないからだろう。炙り出すにはちょうどいいタイミングだった」


問題を起こしてくれてかえって助かったのだから、気にするな! そう言って紅茶を飲んだ殿下は、足を組み直すと視線を窓辺に向ける。


「次期国王の側に侍るつもりがあるなら、こんな所で迂闊なことをするべきではない。そんな事も考えられない者を側に置くつもりはない。特に文官はな」

冷めたように言い捨てた殿下の言葉は、彼の叔父であり現在近衛を束ねている公爵の言葉で、俺自身も殿下に仕えながら、傍らで何度もおなじような言葉を聞いている。

文官の不祥事には決して容赦をするな。

逆に武官は、少しくらい目を瞑って貸しを作っておくことが、望ましいと……

そうであるならば……

「ディノについてもいい餌が出来た。ここで恩を売ってリドック・ロドレルより、私に真の忠誠を誓うように仕向けようか」


クツクツと悪い笑みを浮かべる殿下の言葉に「それって悪役のなさりようでは?」と突っ込もうかと思ったものの、口をつぐんだ。たしかにこれから国王になる殿下には1人でも多く使える手駒が必要なのだ。

そして自分もその駒の一つであり……


「とにかく、全ては主の利用価値のあるように動いたのだから、こちらの事は気にするなと、ティアナにも伝えてくれ。今回の件で私に詫びる事はないとな……」

おそらくティアナも、すでに組み込まれているのだ。

「承知しました」

色々な言葉をグッと飲み込んで頷くと。

「さすがラースだ!」と満足そうに殿下は微笑む。

幼い頃から何があってもこの方に仕えていくのだと思っている身ではあるが、心底この人の敵に回りたくはないと思わずにはいられなかった。



帰宅して、この結果をティアナに伝えると、彼女も全てを理解して苦笑しながら


「本当、殿下って食えない方よね。それなのになぜ恋愛事になるとあそこまで煮えきらないのか……本当に分からないわ」と首を傾けた。



思いがけず簡単な幕引きになり、しばらく平穏な日々が続く中、数週間後にはティアナの懐妊が正式に医師から診断された。

体調がすぐれない日もありながら、周囲に支えられて過ごすティアナの生活は穏やかそのものだった。

しかしリドックの……スペンス家の存在を忘れてはならなかった。
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