その溺愛、契約要項にありました?〜DV婚約者から逃れたら、とろ甘な新婚生活が待っていました〜
122 再会の舞踏会【ラッセル視点】
その晩は、国王陛下の妹君であられる、オークトン公爵夫人主催のガーデンパーティーが催されていた。
オークトン公爵夫人は、もともととても活発に慈善事業に力を入れておられる方で、顔も広く、参加者の人数はかなりのものになった。
その中に、悪阻も終わり調子が良くなったティアナを伴って短時間参加する事になり、密かに俺とダルトンはリドックの様子を探っていた。
オークトン夫人とティアナは、夫人の姪である王女殿下との付き合いから、親交が深い。
そしてオークトン公爵とスペンス侯爵夫人が従兄妹同士である事から、スペンス家もまた、親交がある。
当然当主であるスペンス卿はもちろんのこと、リドックも顔を見せる事はわかっていた。
あの劇場での件から3ヶ月と少し、リドックの動きに不審な点はない。
あの件以降、彼は益々精力的に事業に打ち込んでいるらしいが、こちらに対する接触もなければ、ディノに対しても何のアプローチもないというのだ。
あのまま諦めて、自身の道を突き進むことを選んだのだろうか。そうであるならいいのだが、念のため彼の動向は逐一把握できるように、ダルトンには指示を出している。
「少し休まなくて大丈夫か?」
ここ数週間で少し痩せた腰を支えながら、今しがた夫人に挨拶を終えたティアナに問うと、彼女はクスクスとおかしそうに笑って「もう、何度目?」と呆れたように呟いた。
「まだ身体が重いわけでもないのよ。そりゃあ少し前までずっと横にしかなっていられなかったから、少しは鈍ってるかもしれないけれど……」
「俺にはまだ、その時のイメージが強くて……あんなに動けなかったのが数日でここまで調子が良くなるなんて、未だに信じられないんだ。本当に無理はしていないんだな?」
それでもめげずに念を押すように問えば、彼女は俺の手をきゅうっと力強く握ると。
「それは私も不思議なの。でも、本当にある日を境にどんどん身体が軽くなって、楽になったのよ?」
そう言って、手にしていた果実水を飲み干した。
「でも、そうね。まだ体力も戻っていないし、もしもの事があって折角のパーティにご迷惑になるといけないものね。そろそろお暇しましょうか?」
そう微笑んで、俺の腕にスルリと手を回すと、エントランスホールの方に向けて歩き出す。
シャラリと、彼女の耳飾りが涼やかない音を立てて、俺はあの日……ティアナに初めて声をかけた日のことを思い出す。
あの日も確か、去り際の彼女からこんな音を聞いたような気がした。
あれから1年ほどが経とうとしている。あの頃の自分には想像できないような幸福が腕の中にあって……そして遠くない未来、更なる幸福がやってくる。
守らねばならない。何としても。
視線を巡らせる。
結局、会場でリドックの姿を見ることは無かった。
しかしダルトンはどこかで捕捉したらしく、側に彼の姿がない。
特に警告のようなサインを出されてもいないから、無害なのだろう。
構えていたものがスルスルと肩から降りていき、静かに息を長めに吐いた。
広大で賑やかな中庭と打って変わって、エントランスへの道のりは静かだった。
時折、遅れてきたのであろう数人の貴族男性達とすれ違うくらいだった。
だからこそ、先の回廊をこちらに向かってくる紫色のドレスはとても良く目立った。
最初はそのドレスを着たご婦人が、随分とふらふらとおぼつかない足取りである事が気になって……
体調でも悪いのだろうかと心配になる。
声をかけた方がいいだろうか
そう思った矢先、突然隣を歩いていたティアナが足を止めて、腕を引かれた。
訝しく思って彼女を見れば、彼女の顔色は蒼白で、瞳は驚きに見開かれていた。
「どうした? っ!」
ティアナと……そしてティアナの視線の先にいる、先程の女性を見比べて、一気に身体中に緊張が走った。
「っ……シャルロット……夫人」
近づいてきたその女性の顔を見て、1年ほど前のヒステリックな金切り声を思い出す。
その瞳はうつろで、しかししっかりとこちらを……ティアナを捉えていて……
その手には短剣が握られて、しっかりと手入れされている刃が光を放っている。
スペンス侯爵夫人、シャルロット・ロドレル。
グランドリーの母であり、リドックの継母だ。
オークトン公爵夫人は、もともととても活発に慈善事業に力を入れておられる方で、顔も広く、参加者の人数はかなりのものになった。
その中に、悪阻も終わり調子が良くなったティアナを伴って短時間参加する事になり、密かに俺とダルトンはリドックの様子を探っていた。
オークトン夫人とティアナは、夫人の姪である王女殿下との付き合いから、親交が深い。
そしてオークトン公爵とスペンス侯爵夫人が従兄妹同士である事から、スペンス家もまた、親交がある。
当然当主であるスペンス卿はもちろんのこと、リドックも顔を見せる事はわかっていた。
あの劇場での件から3ヶ月と少し、リドックの動きに不審な点はない。
あの件以降、彼は益々精力的に事業に打ち込んでいるらしいが、こちらに対する接触もなければ、ディノに対しても何のアプローチもないというのだ。
あのまま諦めて、自身の道を突き進むことを選んだのだろうか。そうであるならいいのだが、念のため彼の動向は逐一把握できるように、ダルトンには指示を出している。
「少し休まなくて大丈夫か?」
ここ数週間で少し痩せた腰を支えながら、今しがた夫人に挨拶を終えたティアナに問うと、彼女はクスクスとおかしそうに笑って「もう、何度目?」と呆れたように呟いた。
「まだ身体が重いわけでもないのよ。そりゃあ少し前までずっと横にしかなっていられなかったから、少しは鈍ってるかもしれないけれど……」
「俺にはまだ、その時のイメージが強くて……あんなに動けなかったのが数日でここまで調子が良くなるなんて、未だに信じられないんだ。本当に無理はしていないんだな?」
それでもめげずに念を押すように問えば、彼女は俺の手をきゅうっと力強く握ると。
「それは私も不思議なの。でも、本当にある日を境にどんどん身体が軽くなって、楽になったのよ?」
そう言って、手にしていた果実水を飲み干した。
「でも、そうね。まだ体力も戻っていないし、もしもの事があって折角のパーティにご迷惑になるといけないものね。そろそろお暇しましょうか?」
そう微笑んで、俺の腕にスルリと手を回すと、エントランスホールの方に向けて歩き出す。
シャラリと、彼女の耳飾りが涼やかない音を立てて、俺はあの日……ティアナに初めて声をかけた日のことを思い出す。
あの日も確か、去り際の彼女からこんな音を聞いたような気がした。
あれから1年ほどが経とうとしている。あの頃の自分には想像できないような幸福が腕の中にあって……そして遠くない未来、更なる幸福がやってくる。
守らねばならない。何としても。
視線を巡らせる。
結局、会場でリドックの姿を見ることは無かった。
しかしダルトンはどこかで捕捉したらしく、側に彼の姿がない。
特に警告のようなサインを出されてもいないから、無害なのだろう。
構えていたものがスルスルと肩から降りていき、静かに息を長めに吐いた。
広大で賑やかな中庭と打って変わって、エントランスへの道のりは静かだった。
時折、遅れてきたのであろう数人の貴族男性達とすれ違うくらいだった。
だからこそ、先の回廊をこちらに向かってくる紫色のドレスはとても良く目立った。
最初はそのドレスを着たご婦人が、随分とふらふらとおぼつかない足取りである事が気になって……
体調でも悪いのだろうかと心配になる。
声をかけた方がいいだろうか
そう思った矢先、突然隣を歩いていたティアナが足を止めて、腕を引かれた。
訝しく思って彼女を見れば、彼女の顔色は蒼白で、瞳は驚きに見開かれていた。
「どうした? っ!」
ティアナと……そしてティアナの視線の先にいる、先程の女性を見比べて、一気に身体中に緊張が走った。
「っ……シャルロット……夫人」
近づいてきたその女性の顔を見て、1年ほど前のヒステリックな金切り声を思い出す。
その瞳はうつろで、しかししっかりとこちらを……ティアナを捉えていて……
その手には短剣が握られて、しっかりと手入れされている刃が光を放っている。
スペンス侯爵夫人、シャルロット・ロドレル。
グランドリーの母であり、リドックの継母だ。