その溺愛、契約要項にありました?〜DV婚約者から逃れたら、とろ甘な新婚生活が待っていました〜

124 収束

何が起こったのか……私の位置からは全く窺い知る事が出来ず、ただ為すすべなく、彼の身体に身を寄せて、目を瞑ることしかできなかった。

「ぐっ……」


思いの外近くで、シャルロット夫人のくぐもった声が聞こえたような気がして、ハッと目を開ける。

先程まで痛いほどに彼につかまれていた私の腕は解放されていて、恐る恐る彼から離れて、覗き込めば、ギラギラとまるで飢えた肉食動物が獲物を見るような……シャルロット夫人と目があった。


その視線に射すくめられて、反射的に一歩下がると。

「きゃあああ! 痛いっ! 痛いっ‼︎」

次の瞬間には彼女の断末魔のような金切り声と、ガランという、重たい金属が床に落ちる音が響いた。

何が起こったのか分からず、恐る恐る音の方を見てみると、先程までこちらを向いていた夫人の身体は背を向けていて……両手を取られて捻り上げられ、痛みに悲鳴をあげながらもがいていた。

そして彼女の足元に落ちているのは、彼女が持っていた短剣で……立派な宝飾の飾りが、回廊の調光に照らされてキラキラと輝いていた。

すぐにバタバタと人の足音が近づいてくる。

「離しなさい! 無礼者! お前達! 早く私を助けなさい!」

ギャンギャンと騒ぎ続ける夫人は、近づいてきた自身の家のお付きの者達へ血走った目を向けて命令している。

そんな彼女の腕を捻り上げて拘束しているのは、夫だった。

「捉えろ! これ以上暴れないように! 私が許す!」


駆け寄ってくる者たちの後方から中年の男性……スペンス侯爵の怒声が響く。

それに応えるように、ようやく走り寄ってきたスペンス家の者たちが夫から夫人の身柄を引き取り、3人がかりで彼女の脇と後方を固めた。

「っ、さわるでない無礼者! お前達誰の許可があって‼︎ 邪魔をするな!」

髪を振り乱してなおも騒ぎ続ける彼女の声は、長い回廊の先にも響いていたのだろう。

後方からガヤガヤと人が集まって来る気配を感じる。

このまま騒ぎになる事は、避けたい。

その場にいた当事者達全てが同じ事を思っただろう。

夫が素早く自身の足元に落ちた短剣を拾い上げるのと同じくして、まだ何かを喚こうと声を上げた夫人に、スペンス家の家人が「奥様、申し訳ございません」と断って、彼女の首裏に手刀をいれた。

途端にがくりと力を失った夫人の枝のように細い身体を、スペンス家の家人が横抱きに抱え直して、ローブを巻きつける。

「エリオット何の騒ぎだ? シャルロットじゃないか⁉︎ どうしたんだ⁉︎」


集まってきた賓客達の中から、本日の主催者であるオークトン公爵が駆け寄ってきて驚きの声をあげる。

どうやら遠目から見ていた彼らは、刃物の存在には気づいていない様子だった。

「すまないバート。シャルロットが少し取り乱してね……このところ少々不安定でね」

すぐさま対応したのはスペンス卿で彼は親しげにオークトン公爵に説明をすると、困ったように肩をすくめる。

「リンドーから最近顔も見せないし、便りもないと聞いていたが、そうか……」

困惑した様子でこちらを見渡すオークトン卿の視線が、私と夫……そりしてリドックを見て止まる。


「なるほど……理解したよ。少し休ませた方がいいのであれば、部屋を用意させようか?」


「いや、このまま連れ帰るよ。明後日から領地に向かわせて静養させる予定だったんだ。騒ぎにしてしまってすまない」
すぐさま首を振ったスペンス卿は、使用人達に「帰るぞ」と目配せする。

途中で一度だけ、リドックに視線を向けると

「リドック、お前はここに残りなさい。まだやる事があるのだろう? それと、そちらのロブダート侯爵ご夫妻にもきちんと詫びをしておきなさい」

それだけ告げ、くるりと身体の向きを変えて、車止めの方へ向かって行ってしまった。

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