その溺愛、契約要項にありました?〜DV婚約者から逃れたら、とろ甘な新婚生活が待っていました〜

126 後始末

「貴方からの詫びは素直にお受けしよう。しかし先程そちらが言っていたように、出来る事なら本人の夫人に、難しいので有れば、夫であるスペンス卿からいただきたいものだ」

すぐに応対したのは夫だった。
その言葉に、リドックは「それはそうだろうね」と肩を竦めて見せた。

「そろそろ|父(あの人)も誰もが自分の思い通りに動かないと言う事を学ぶべきだ。この歳になってだけれどね。愚兄の時といい、問題が起きた後の処理の仕方が下手すぎる」


「それには同感だな」

夫が頷くと、リドックは私達2人を順に見て、眉を下げた。

「安心して欲しい。継母(あの女)は週末には領地へ向かわせる。もともとその予定で別邸を用意させていて、今日が恐らく彼女が君に手を出せる最後のチャンスだったんだろうな。あの様子じゃあ、修道院に入れた方がいいだろう。もう二度と貴方方の前に姿を現さないように尽力する」

以前からリドックはシャルロット夫人を王都の邸宅から排除するつもりであると言っていたのを思い出す。

きっと日々アランから聞かされるリドックの動向と私の情報を聞いてシャルロット夫人はその機会を虎視眈眈と狙っていたのだろう。

タイミングよく彼女の従兄弟であるオークトン公爵邸で夜会が開かれたのは彼女にとって神の導きのようにおもえたのかもしれない。


あの虚な瞳と、憎悪に満ちた声。あれほど禍々しい悪意を向けられたのは初めてだった。夫が背に庇い、見えないようにしてくれていたから、まだ私のショックはさほど大きくはないのだろう。


「早急に頼みます。知っての通り妻は大切な時期だ。本当ならばすぐに捕縛して裁きを受けて欲しい所だが、騒ぎになって余計な心労をかけたくない。故に騒ぎにしないだけであることを、侯爵にはよくよくお伝えいただきたい」

淡々と告げる夫の言葉に、リドックも理解していると頷く。

「もちろんです。お二人には私自身も随分と迷惑をかけてしまった。これ以上煩わせる事はしたくない」


力強くはっきりと言ったリドックの言葉に、私も夫も咄嗟に息を飲む。

リドックとは、あの観劇の日以来、やり取りも、彼の動向を知る事は無かった。
私の体調がすぐれず、気にしてる時間も無かったのもあったけれど、今まで彼が茶々をいれるように我が家の事業を刺激する事が無くなったため、彼が身をひいたのはなんとなしに理解していた。

しかし、まさかこんな場所で彼の口から、それを持ち出して来るとは思わなかった。

恐らく私同様に夫も少しばかりは驚いた反応をしたのだろう。私達を見比べたリドックは、また肩を竦めて、柔らかく……彼にしては本当に珍しく、毒気のない笑みを見せた。

「ディノから色々言われて、時間を置いて……俺には色々なものが欠落しているのだと、分かったんだ。人の心はビジネスのように動かせるものではないんだ。こうだから、こう……なんて簡単なものじゃ無くて……でも、じゃあどうしたらいいのかってのは、まだよく分からないけど……。ティアナに抱いた感情は間違いなく最初は恋心だったと分かるけど、いつからか兄に奪われた悔しさから執着に変わっていたのだと思う。どこかで、この家で最終的に成功するためにはティアナを手に入れる事が必要だと自分を縛り付けていたんだと思う。
今思うと随分とみっともない駄々をこねてお二人を振り回したと思っているよ」

申し訳なかった…と頭を下げられ、咄嗟に困って夫を見上げると、彼も同様に困惑したような驚いた表情で見返してきた。

「だから、今回の処理はその謝罪の意味も込めて、徹底的にやらせていただくよ。国外にいる兄の監視も続ける。安心して身体を厭うてほしい」

力強く宣言をしたリドックは、それだけを告げると「では、また」と、涼やかに微笑んで、会場の方に歩いて行ってしまった。

言い逃げのように颯爽と姿を消すリドックの背中を、なんの言葉もだせず驚いたまま目で追って私達は顔を見合わせた。


「ここに来るまでに、彼には色々な葛藤があったのだろうな、そして、まだこれから知っていく事も……」

私の肩を抱いて、馬車の方へ歩き始めた夫が、つぶやいた言葉に頷く。

愛されることも愛する事も知らずに生きてきてしまってる、常に敵の中で戦いながら生きてきた彼が、純粋に愛を知り、誰かを愛すことができるようになれる時がいつしか来る事を願った。
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