その溺愛、契約要項にありました?〜DV婚約者から逃れたら、とろ甘な新婚生活が待っていました〜

128 幸せ【ラッセル視点】


♦︎♦︎
彼女の瞳が驚きに見開かれたまま、俺を捕らえていた。

本当の事を言ったらもしかしたら気味悪がられるだろうかと、ずっと告げずにいるつもりだったこの事実を伝えようと思ったのは、ただの独占欲からなのかもしれない。

この一連のリドックの件に対応する中で、しきりにリドックがこだわっていた事が、俺が後から出てきて彼女を掠め取ったという事だった。
俺からしてみれば、後から出てきたのはお前達兄弟の方だと言いたいところだ。しかし実際には声もかけられず眺めている内に婚約者として正規の手順を踏まれてしまったのは事実で、そこに関してはもう随分長い事自分の意気地の無さを責めたものだ。

それをリドックに説明したところで、どちらが先かという不毛な言い合いになる事は目に見えていたので、あえて反論する事はしなかった。

先か後かなんてもので決まるほど、人の心は単純ではない。そんなところで競ったところで無意味だという事がわかっていたからだ。

「君がデビューしたあの夜から夜会で君の姿を見ては声をかけようかといつも迷っていたんだ、だがどうしても勇気がなくて……そうしている内に、両親が亡くなって、家のことで忙しくなってしばらく社交界を離れた時期があったんだ。戻ってみた頃には、君はグランドリーと婚約してしまっていて……諦めていたんだ」

「っ……そんな、私全然……」
気付かなかったと眉を下げる彼女の頬を「気にしなくていい」と撫でる。

「グランドリーには学院在学中から変に敵対視されていて、正直関わりたくもなかったし、そんな奴と憧れた君が仲睦まじくしている姿なんて見たくなかったから、俺の方から不自然なくらい君たちと距離を置いていたんだ」

そうして、ティアナに憧れる気持ちを忘れようとしていたのだ。
その気持ちを押し殺して、いずれロブダート家にふさわしい伴侶を迎えてしまえばその内にどうでもよくなるだろうと思ったのだ。
今思えば、その都合のいい伴侶となったかもしれない女性に対してとても失礼なことだと思う。
リドックと同じように、彼女達を物としか思っていなかったかもしれない。

「だからあの日、君が実はグランドリーに気持ちがないって知って、婚約が君の本心ではないと分かった時、すごくうれしくて、それなら俺が相手でもいいじゃないかと思ったんだ。それで、君にあんな話を持ち掛けた……必死だったんだ。でももっと冷静に考えて上手くやるべきだったんだ。君にあんな辛い思いをさせてしまう事にならないように」

絶対に手に入れたいという自己中心的な考えが突っ走った結果が、グランドリーの暴力事件を引き起こした。考えてみれば、あの頃から俺達二人が接触していることがなぜかグランドリーの耳に入っていたのは、恐らくリドックの差し金であったディノ達の仕業だったのだ。
もっとティアナの立場を考えて、彼女が傷つくことがない方法を考えるべきだったのに……今思えば俺もティアナを物として扱っていたのかもしれない。

俺の言葉にティアナは「違うわ! そんな事……」と小さく呟くけれど、俺は首を振って彼女の頬を撫でる。

「君と結婚することができて、君の事を愛おしく思えば思うほど、あの頃の自分がどれだけ浅慮だったか分かるようになったんだ。手に入ればそれでいいと喚いていたリドックとあの頃の俺は大差ない」

「っ…でも、貴方はあの時から、私の意思を聞いてくれていたでしょう?」

「そう見せていただけだよ。だってどう考えても俺の提案はあの頃の君には魅力的だったはずだ。君が断る事が無いように仕向けていたのだから」

「ずるいだろう?」と自嘲すると、ティアナが何かを言いかけて、口を噤んだ。
何かを思案するように一度視線を落とす。

「仕向けていたとしても……それを決めて実行したのは私自身だわ。それに、色々あったけれど、私はあなたの妻になれて、こんなに愛しくあなたの事を想えて、あなたにも想ってもらえてとっても幸せなのよ。だからこの幸せを間違っていたなんて言わないで」

顔を上げた彼女は、少し怒ったように言って、俺の手をぎゅうっと握りしめる。

そう、確かあの晩も、彼女はこんなふうに怒ったような気の強そうな顔で俺を見上げていた。
いつもニコニコしていた姿しか知らなかった彼女のそんな顔が意外で、またそれにも惹かれたのを覚えている。

「ん、そうだな。すまない。ただ、俺はティアナに感謝しているんだ。君は俺にすごく大切な事を教えてくれた」

ティアナの髪をゆっくり撫でる。
もうずいぶん手にしっくりくるようになった、彼女のこの柔らかい髪の感触は、いつしか触れるだけで俺の心を穏やかにさせる作用を持つようになった。

「それは……私だって同じよ? 私だってあなたに出会うまで、結婚なんて家のためにするものだって……愛情のある家庭なんて持てるなんて思ってもいなかったわ。だから私も感謝しているのよ」

肩口にコテンと頭を預けて頬を寄せる彼女を抱き寄せる。
髪に口付けると、「幸せね」と彼女が笑って、まだ大きさの変わらない自身の腹をゆったり撫でた。
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