その溺愛、契約要項にありました?〜DV婚約者から逃れたら、とろ甘な新婚生活が待っていました〜
18 夫の思惑1【ラッセル視点】
♦︎♦︎
額に落としたキスと共に、荘厳な鐘の音が鳴る。
見下ろした彼女の顔を見て、胸の奥に込みあげる高揚感を必死で抑えた。
ついに彼女を手に入れた。
彼女を初めて意識したのは、もうずいぶん前の事だ。
彼女がデビューした王宮の舞踏会で、デビュタントの真っ白なドレスに浮足立つ娘たちの中に、彼女だけはやけに落ち着いた様子で凛と佇んでいたのが目を引いた。
時々、舞踏会や夜会などで彼女を見かける事があったものの、彼女はいつも友人の令嬢達の輪の中にいて、話かける事はおろかダンスを申し込むこともできなかった。
その内に、自分と入れ違いにアカデミーに入学した彼女が、とても優秀だという噂を聞くようになった。
才色揃った彼女は同世代の令嬢からも羨望の眼差しを向けられていたし、彼女自身の容姿も手伝って社交界の中では目立つ存在になっていた。
そんな彼女を狙う男達も多いだろう。ライバルが増える前に、なんとか彼女に接触を持てないだろうか? そう思った矢先に、彼女に婚約者がいることを知った。
相手はアカデミーの頃から、なにかと敵対心を向けてくる同級生の男だった。同じ侯爵家の嫡男であり、将来を嘱望されているという面で、対抗意識を持たれたのだろうか? 優秀なように見せかけていて、どこか底が浅く短絡的でそれなのに周囲の人間は彼を褒めそやし持ち上げていた。何度も絡まれて面倒な思いをしたことがあるため、アカデミーを卒業した現在では、正直関わりたくないと避けていたのだが……彼女がそんな男と婚約しているという事が少しばかりショックではあった。
調べてみれば、彼等の婚約は随分早くて、侯爵家と伯爵家という間柄であることから、おそらく政略的な理由が大きいだろうと思っていた。
だから、公式の場で彼等が婚約者として仲睦まじく過ごす姿を見た時には、失望した。
知的でどこか大人びて他の令嬢達とは違うと思っていた彼女も結局のところ、顔立ちがいいだけの上辺だけの男に、騙されてるような女だったのだろう。
今思えば、そう思う事にして彼女の視界にも入らず終わってしまった初恋を慰めていたのだ。
自分は仮にも侯爵家の嫡男だ。近づいてくる女性は沢山いた。
彼女より、もっと素晴らしくて心惹かれる女性がいずれ現れる。
そう思い直して、彼女への気持ちを断ち切った。
それなのに、それ以降一人として自分の心を騒ぎ立てる女性に巡り会う事はなかった。
そうなってくると、正直愛だとか恋だとかそんなことがよくわからなくなってきた。むしろ、必要ないのかもしれないと思うようにすらなってきたのである。
下手に実家が介入してきて家を乱されたり、散財や我儘な振る舞いをして夫の立場を危うくするような女を妻にするよりも、身分が低かろうとも、優秀な女性を娶る方が良いのではないか。
そうであるなら割り切った相手の方がいい、しかしなかなかそんな令嬢は居らず、自分に集まってくるのは爵位と顔に目が眩んだ者達ばかりで……
どうすべきかそろそろ本当に考えねばと思っていたのだ。
そしてあの日がやってきた。
あの晩は、両親が生きていた頃に交流のあった公爵家の夜会だった。古い付き合いを繋ぎ止める目的で出席したものの、いつものごとく令嬢達に囲まれて、ダンスを誘われるのが煩わしくて、序盤は中庭でひっそりと過ごしていた。
突然、令嬢の不遜な言葉にぎょっとしてみれば彼女、ティアナ・モルガンがそこにいた。
意外な事に、彼女の言葉は明らかに婚約者にイライラしているものだった。
なんだ別に相思相愛ではないのか?
以前も……そして最近も彼等は変わらず仲睦まじそうにしているように見えたのだが、彼女の言動はそれどころか……
そう思いながら、彼女を眺めていたら目が合ってしまった。
すぐにパチリと大きな瞳が驚いたように丸くなった。どうやら彼女も自分を誰か認識している様子だった
令嬢らしからぬ言動を聞かれてしまった彼女は、慌てながらもなんとか誤魔化そうとしたが、それがなんとも可愛らしく彼女の気の強さがよく分かって、つい意地悪をしてしまった。
思えばこれが彼女とのはじめての会話だった。
実際に会話をしてみれば、彼女は表情豊かで、普段彼女が装っている完璧な令嬢とは少し違った。
皆が知らない彼女の素顔を知ってしまった……そう思うと同時に、欲が湧いてきた。
彼女は婚約者のあの男を愛しているわけではないらしい。そして婚約者の力量も正確に把握しているらしい。
どうせ好きでもない男のもとに嫁ぐのならば、自分のもとに来てくれないだろうか? あの男よりは将来は有望である自信があるし、彼女の才能を生かすことができる。
舞踏会が終わり、自邸に戻るやいなや早速侍従を呼び出して、彼女の実家と婚約者の実家の関係を調べさせた。
そうして、どうやら彼女の家は婚約者の家の援助で事業を保つことができているという事を知った。
彼女の家には跡取りとなる弟がいる。
なるほど彼女がその犠牲という事か……しかしこれなら。
「使えるな」
報告書を読んでほくそ笑んだ。
あの舞踏会の日、彼女が自分に見せた言葉や態度が嘘でなければ、条件さえ整えば必ず彼女は乗ってくるだろう。
どのように彼女に接触しようか、そう思った矢先チャンスは訪れた。
王太子殿下の命で、彼女を馬車まで送りながら提案してみると、分かり安く彼女は揺れた。
才能を生かす場を与えると、彼女の矜持をくすぐって提案した後に、無理に急かすことはせずに、考えを保留した。
おそらく数日後の夜会に彼女は出席する、隙を見て考えを聞こうそう思っていた。
それなのに翌日、同じ王太子殿下の側近である騎士の友人に、彼女の婚約者から探りが入ったというのだ。どうやら奴は#自分の物を狙う男の存在を敏感に感じ取っているらしい。
そしてそれが俺であるという事も。
少し様子を見るべきかもしれない。そう思って慎重に動くことを決めて、あの夜会の日を迎えた。
額に落としたキスと共に、荘厳な鐘の音が鳴る。
見下ろした彼女の顔を見て、胸の奥に込みあげる高揚感を必死で抑えた。
ついに彼女を手に入れた。
彼女を初めて意識したのは、もうずいぶん前の事だ。
彼女がデビューした王宮の舞踏会で、デビュタントの真っ白なドレスに浮足立つ娘たちの中に、彼女だけはやけに落ち着いた様子で凛と佇んでいたのが目を引いた。
時々、舞踏会や夜会などで彼女を見かける事があったものの、彼女はいつも友人の令嬢達の輪の中にいて、話かける事はおろかダンスを申し込むこともできなかった。
その内に、自分と入れ違いにアカデミーに入学した彼女が、とても優秀だという噂を聞くようになった。
才色揃った彼女は同世代の令嬢からも羨望の眼差しを向けられていたし、彼女自身の容姿も手伝って社交界の中では目立つ存在になっていた。
そんな彼女を狙う男達も多いだろう。ライバルが増える前に、なんとか彼女に接触を持てないだろうか? そう思った矢先に、彼女に婚約者がいることを知った。
相手はアカデミーの頃から、なにかと敵対心を向けてくる同級生の男だった。同じ侯爵家の嫡男であり、将来を嘱望されているという面で、対抗意識を持たれたのだろうか? 優秀なように見せかけていて、どこか底が浅く短絡的でそれなのに周囲の人間は彼を褒めそやし持ち上げていた。何度も絡まれて面倒な思いをしたことがあるため、アカデミーを卒業した現在では、正直関わりたくないと避けていたのだが……彼女がそんな男と婚約しているという事が少しばかりショックではあった。
調べてみれば、彼等の婚約は随分早くて、侯爵家と伯爵家という間柄であることから、おそらく政略的な理由が大きいだろうと思っていた。
だから、公式の場で彼等が婚約者として仲睦まじく過ごす姿を見た時には、失望した。
知的でどこか大人びて他の令嬢達とは違うと思っていた彼女も結局のところ、顔立ちがいいだけの上辺だけの男に、騙されてるような女だったのだろう。
今思えば、そう思う事にして彼女の視界にも入らず終わってしまった初恋を慰めていたのだ。
自分は仮にも侯爵家の嫡男だ。近づいてくる女性は沢山いた。
彼女より、もっと素晴らしくて心惹かれる女性がいずれ現れる。
そう思い直して、彼女への気持ちを断ち切った。
それなのに、それ以降一人として自分の心を騒ぎ立てる女性に巡り会う事はなかった。
そうなってくると、正直愛だとか恋だとかそんなことがよくわからなくなってきた。むしろ、必要ないのかもしれないと思うようにすらなってきたのである。
下手に実家が介入してきて家を乱されたり、散財や我儘な振る舞いをして夫の立場を危うくするような女を妻にするよりも、身分が低かろうとも、優秀な女性を娶る方が良いのではないか。
そうであるなら割り切った相手の方がいい、しかしなかなかそんな令嬢は居らず、自分に集まってくるのは爵位と顔に目が眩んだ者達ばかりで……
どうすべきかそろそろ本当に考えねばと思っていたのだ。
そしてあの日がやってきた。
あの晩は、両親が生きていた頃に交流のあった公爵家の夜会だった。古い付き合いを繋ぎ止める目的で出席したものの、いつものごとく令嬢達に囲まれて、ダンスを誘われるのが煩わしくて、序盤は中庭でひっそりと過ごしていた。
突然、令嬢の不遜な言葉にぎょっとしてみれば彼女、ティアナ・モルガンがそこにいた。
意外な事に、彼女の言葉は明らかに婚約者にイライラしているものだった。
なんだ別に相思相愛ではないのか?
以前も……そして最近も彼等は変わらず仲睦まじそうにしているように見えたのだが、彼女の言動はそれどころか……
そう思いながら、彼女を眺めていたら目が合ってしまった。
すぐにパチリと大きな瞳が驚いたように丸くなった。どうやら彼女も自分を誰か認識している様子だった
令嬢らしからぬ言動を聞かれてしまった彼女は、慌てながらもなんとか誤魔化そうとしたが、それがなんとも可愛らしく彼女の気の強さがよく分かって、つい意地悪をしてしまった。
思えばこれが彼女とのはじめての会話だった。
実際に会話をしてみれば、彼女は表情豊かで、普段彼女が装っている完璧な令嬢とは少し違った。
皆が知らない彼女の素顔を知ってしまった……そう思うと同時に、欲が湧いてきた。
彼女は婚約者のあの男を愛しているわけではないらしい。そして婚約者の力量も正確に把握しているらしい。
どうせ好きでもない男のもとに嫁ぐのならば、自分のもとに来てくれないだろうか? あの男よりは将来は有望である自信があるし、彼女の才能を生かすことができる。
舞踏会が終わり、自邸に戻るやいなや早速侍従を呼び出して、彼女の実家と婚約者の実家の関係を調べさせた。
そうして、どうやら彼女の家は婚約者の家の援助で事業を保つことができているという事を知った。
彼女の家には跡取りとなる弟がいる。
なるほど彼女がその犠牲という事か……しかしこれなら。
「使えるな」
報告書を読んでほくそ笑んだ。
あの舞踏会の日、彼女が自分に見せた言葉や態度が嘘でなければ、条件さえ整えば必ず彼女は乗ってくるだろう。
どのように彼女に接触しようか、そう思った矢先チャンスは訪れた。
王太子殿下の命で、彼女を馬車まで送りながら提案してみると、分かり安く彼女は揺れた。
才能を生かす場を与えると、彼女の矜持をくすぐって提案した後に、無理に急かすことはせずに、考えを保留した。
おそらく数日後の夜会に彼女は出席する、隙を見て考えを聞こうそう思っていた。
それなのに翌日、同じ王太子殿下の側近である騎士の友人に、彼女の婚約者から探りが入ったというのだ。どうやら奴は#自分の物を狙う男の存在を敏感に感じ取っているらしい。
そしてそれが俺であるという事も。
少し様子を見るべきかもしれない。そう思って慎重に動くことを決めて、あの夜会の日を迎えた。