その溺愛、契約要項にありました?〜DV婚約者から逃れたら、とろ甘な新婚生活が待っていました〜
3 婚約者の宿敵
舞踏会主催者の公爵の挨拶が終わり、ダンスの時間が始まる。顔なじみや話しかけてくる令嬢達と談笑をしているとグランドリーに促され、義務的にダンスを一曲踊る。
ダンスが終われば、彼は自分の友人たちとの情報交換のために離れていく、いつもここまでがティアナにとっては最も苦痛な時間だった。
そしてこれ以降は最もではないが、苦痛な時間はまだ続く。口元に笑みを張り付けて、そつなく挨拶や談笑を交わすのだが、この日はなぜだか自分でも分からないくらいイラついていた。
広間にいる気にもどうもなれなくて、誰かに呼び止められる前に庭園に向かった。
開宴からあまり時間が経っていないせいか、庭園は閑散としており、人の姿はない。
「あぁもう‼︎ 練習して来なさいいっての! 何回ステップ間違えば気がすむのよ! 大口叩くんならもっとちゃんとしなさいよね!」
だからつい、本音というか悪口がいつもの口調で出てしまった。
踏まれた足が何時もよりヒリヒリと痛んだからなのかもしれない、とにかくグランドリーに対する怒りを我慢することができなかった。
誰もいないからいのだ!
ため息と共に、勢いよく中庭の目立たない一角に設えられた椅子に腰を下ろす。
秋の始まりの夜風が、ダンス後の紅潮した頬に気持ちがよかった。
もう今日はここで時間までゆったり一人で過ごせないだろうか、そんな無理な事を考えていると、不意に背後の植え込みから、がさりと音がして飛び上がる。
虫か、猫、もしくは鳥だろうか?
見たくはないが、生憎進んで一人になってしまったので自分以外に確認してくれる者も頼れる者もいない。
おそるおそる振り向いて、それが自分の想像した生き物のどれでもないどころか……一番まずいものであったことに気が付いて、固まった。
そこに立っていたのは、黒髪の背の高い男だった。
切れ長の漆黒の瞳は、冷徹とか知的とか理性的とか……令嬢たちが騒いで形容している。
婚約者のグランドリーがこの世で一番毛嫌いしている男で、一番近づくと面倒な男。
「ロブダート卿⁉︎」
驚いて名前を呼べば、彼はそのまま何食わぬ顔で近づいてきて、こちらを見下ろした。
「どんな勇ましいご婦人かと思えば、驚きました。まさか淑女の憧れの的であるティアナ嬢だったとは」
並んでみれば、グランドリーよりも彼の方が背が高い事がわかった。しかしそんな高い位置から見下ろす彼の表情は、どこか揶揄うように意地悪く笑っていて。
息を飲んだ。
どうやら先ほどの悪口はばっちり彼の耳に入っていたらしい。
私としたことが、抜かったわ!
胸の内でごちりながら、形状記憶された笑みを顔に張り付ける。
「あら、何か聞こえまして?」
できるだけかわいらしく首を傾ける。
思慮深い紳士であるなら、「僕の空耳だったかな?」と受け流してくれるはずであり、彼ほどの人物ならば、そう見逃してくれると思ったのだが。
「えぇ、随分と耳慣れない言葉で……あなたのような方でもそのようなお言葉をお使いになるとは意外です」
「っ!」
どうやら聞き違いとは言うつもりはないらしい。なんと憎らしい男なのだろうか。
「誰もいないと思ったものですから、お耳汚し失礼いたしましたわ」
言ったけど、だから何? 紳士ならば、そこはスルーしてくれても良いのでは? と軽く苛立ちを込めて笑う。しかし彼も負けじとニヤリと笑った。
「いえ、お人形のように完璧な方の、そうでなかった所を知ることができて、実に興味深い思いですよ」
そう言って更に近づいて来ると、警戒心剥き出しの私の手を、何の気負いもなくさらりと取って、何とも優雅にそして鮮やかな動作で口付ける。
「むしろ好感が持てましたよ。あの男を馬鹿呼ばわりしたところなんて特にね。お二人は仲が良いように見えましたが、なるほどそうでもないのですね」
唖然とする私に挑戦的な笑みを向けて、彼は楽しそうに言た。
「っ……昔から競っておられるあなたなら、彼の事はお分かりなっているしょう?」
慌てて手を引っ込めながら、睨みつけると。彼はふんっと心外そうに鼻を鳴らす。
「競っている? アカデミーの頃から勝手に敵対心を持たれているだけですよ」
一緒にされても困るとでも言いたげなそれに、うんざりと息を吐く。
「なんでも結構です!私には興味のない事ですもの」
男同士のよくわからない争いはどこかで勝手にやっていてほしい。そしてその波風をこちらに持ち込まないでいただきたいものだ。
そんな私の言葉に、彼は「ふうん」とまたしても楽しそうに笑った。
「それもそうですね。レディのお寛ぎの時間を邪魔してもなんです。失礼させていただきますね」
そう言って、何かを企むように微笑んで、広間の方に消えて行った。
ダンスが終われば、彼は自分の友人たちとの情報交換のために離れていく、いつもここまでがティアナにとっては最も苦痛な時間だった。
そしてこれ以降は最もではないが、苦痛な時間はまだ続く。口元に笑みを張り付けて、そつなく挨拶や談笑を交わすのだが、この日はなぜだか自分でも分からないくらいイラついていた。
広間にいる気にもどうもなれなくて、誰かに呼び止められる前に庭園に向かった。
開宴からあまり時間が経っていないせいか、庭園は閑散としており、人の姿はない。
「あぁもう‼︎ 練習して来なさいいっての! 何回ステップ間違えば気がすむのよ! 大口叩くんならもっとちゃんとしなさいよね!」
だからつい、本音というか悪口がいつもの口調で出てしまった。
踏まれた足が何時もよりヒリヒリと痛んだからなのかもしれない、とにかくグランドリーに対する怒りを我慢することができなかった。
誰もいないからいのだ!
ため息と共に、勢いよく中庭の目立たない一角に設えられた椅子に腰を下ろす。
秋の始まりの夜風が、ダンス後の紅潮した頬に気持ちがよかった。
もう今日はここで時間までゆったり一人で過ごせないだろうか、そんな無理な事を考えていると、不意に背後の植え込みから、がさりと音がして飛び上がる。
虫か、猫、もしくは鳥だろうか?
見たくはないが、生憎進んで一人になってしまったので自分以外に確認してくれる者も頼れる者もいない。
おそるおそる振り向いて、それが自分の想像した生き物のどれでもないどころか……一番まずいものであったことに気が付いて、固まった。
そこに立っていたのは、黒髪の背の高い男だった。
切れ長の漆黒の瞳は、冷徹とか知的とか理性的とか……令嬢たちが騒いで形容している。
婚約者のグランドリーがこの世で一番毛嫌いしている男で、一番近づくと面倒な男。
「ロブダート卿⁉︎」
驚いて名前を呼べば、彼はそのまま何食わぬ顔で近づいてきて、こちらを見下ろした。
「どんな勇ましいご婦人かと思えば、驚きました。まさか淑女の憧れの的であるティアナ嬢だったとは」
並んでみれば、グランドリーよりも彼の方が背が高い事がわかった。しかしそんな高い位置から見下ろす彼の表情は、どこか揶揄うように意地悪く笑っていて。
息を飲んだ。
どうやら先ほどの悪口はばっちり彼の耳に入っていたらしい。
私としたことが、抜かったわ!
胸の内でごちりながら、形状記憶された笑みを顔に張り付ける。
「あら、何か聞こえまして?」
できるだけかわいらしく首を傾ける。
思慮深い紳士であるなら、「僕の空耳だったかな?」と受け流してくれるはずであり、彼ほどの人物ならば、そう見逃してくれると思ったのだが。
「えぇ、随分と耳慣れない言葉で……あなたのような方でもそのようなお言葉をお使いになるとは意外です」
「っ!」
どうやら聞き違いとは言うつもりはないらしい。なんと憎らしい男なのだろうか。
「誰もいないと思ったものですから、お耳汚し失礼いたしましたわ」
言ったけど、だから何? 紳士ならば、そこはスルーしてくれても良いのでは? と軽く苛立ちを込めて笑う。しかし彼も負けじとニヤリと笑った。
「いえ、お人形のように完璧な方の、そうでなかった所を知ることができて、実に興味深い思いですよ」
そう言って更に近づいて来ると、警戒心剥き出しの私の手を、何の気負いもなくさらりと取って、何とも優雅にそして鮮やかな動作で口付ける。
「むしろ好感が持てましたよ。あの男を馬鹿呼ばわりしたところなんて特にね。お二人は仲が良いように見えましたが、なるほどそうでもないのですね」
唖然とする私に挑戦的な笑みを向けて、彼は楽しそうに言た。
「っ……昔から競っておられるあなたなら、彼の事はお分かりなっているしょう?」
慌てて手を引っ込めながら、睨みつけると。彼はふんっと心外そうに鼻を鳴らす。
「競っている? アカデミーの頃から勝手に敵対心を持たれているだけですよ」
一緒にされても困るとでも言いたげなそれに、うんざりと息を吐く。
「なんでも結構です!私には興味のない事ですもの」
男同士のよくわからない争いはどこかで勝手にやっていてほしい。そしてその波風をこちらに持ち込まないでいただきたいものだ。
そんな私の言葉に、彼は「ふうん」とまたしても楽しそうに笑った。
「それもそうですね。レディのお寛ぎの時間を邪魔してもなんです。失礼させていただきますね」
そう言って、何かを企むように微笑んで、広間の方に消えて行った。