その溺愛、契約要項にありました?〜DV婚約者から逃れたら、とろ甘な新婚生活が待っていました〜
30 王宮舞踏会
「ティアナ!!」
国王陛下へのご挨拶を終えると、陛下の脇に控えていた王族方の中から、ひと際目立つドレスに身を包んだ女性が飛びついて来た。
このような場所でそんな振る舞いを許される年頃の女性は一人しかいない。
「マリー様!」
飛び込んで来た友人である王女殿下の華奢な身体を抱き留めれば、ぎゅうっと抱きつかれる。
「元気そうで良かったわ! 結婚式には参列できなくてごめんなさいね! ずっとずっと心配してたのよ」
「ご心配をおかけしました。この通りつつがなく過ごしております。かの折には色々とお口添えいただいてありがとうございます」
柔らかく抱きしめ返して彼女に聞こえる声音でそう告げれば、マリー様は、がばりと私から身体を離す。
「当然だわ! ただでさえ許されない所業なのに被害者が貴方だなんて許せるわけないもの!」
彼女の眼はまだ怒り冷めやらない様子で……なるほど、グランドリーが随分ひどく叱られたという世間の噂も大げさではないのだと、理解してゴクリと唾をのんだ。
「おかげ様にて、穏やかに過ごさせていただいております」
なだめるように、努めて穏やかに告げれば、釣り上げていた眉をゆるゆると下げた彼女は私の両手を取ってっぎゅうっと握る。
「それは良かった! ラースは真面目で怖そうに見えるけど、兄様の側近の中では一番細やかで気が使えるから、しっかり甘えてしまえばいいわ!」
そうよね? と王女殿下の視線が私の隣に立つ彼に向けられる。
「ははっ! たしかにこいつほど細やかな奴はいないな……その分裏で何を企んでいるかはわからんけどなぁ」
「っ! 王太子殿下!」
いつの間にかマリー様に続いて近づいてきていた王太子殿下の出現に私は慌てて姿勢を正す。
「主人と従者は鏡のようなものですから、仕方ありません」
一気に緊張した私と逆に、隣から彼の呆れたようなため息交じりの声が割り込んできて、驚いて彼と王太子殿下を見比べる。側近でもその言い方は不敬には当たらないのだろうかと心配をしたのだが……
「ほ~ら、そう言うところだ! 気をつけることだなティアナ嬢……いやもう夫人だな! この男の綺麗な顔と紳士的な態度に騙されてはいけないぞ」
茶目っ気たっぷりに片眼を閉じて見せる王太子殿下、そして「変な事を妻に吹き込まないでください!」と面白くなさそうに彼が応戦する。
戸惑ってマリー様を見れば、彼女は「いつもの事よ!」と肩を竦めて見せる。
どうやらこれが普段の彼らのやり取りらしい。
なんだか普通の同年代の友人同士のじゃれ合いのようで、そうと分かれば微笑ましい。
「肝に銘じておきますわ殿下」
ふふっと笑って、殿下に向きなおると、「ティアナ! 君までか⁉︎」と彼が眉を下げて私を見るものだから、もっとおかしくなってマリー様と声を上げて笑ってしまった。
マリー様と王太子殿下と別れ、その他の王族の方々にもお祝いのお言葉をいただいて、ある程度の挨拶を終えると、少しばかり気持ちも軽くなったように感じた。
「少しだけ踊るか?」
そう彼に問われて、私は意を決して頷く。
正直目立つことはあまりしたくないのだけれど、新婚で王宮の舞踏会に参加して一曲も踊らないのも不自然だ。
「一曲だけにしよう。大丈夫だ」
耳元で彼に優しく囁かれ、差し出された彼の手を取れば、ゆっくりとダンスの輪の中にエスコートされる。
実のところ、彼と踊るのは初めてなのだが、不思議な事に、踊り出しからまったく違和感がない。当然、足なんて踏まれることもなく、動きたい方向に、踏み出したい場所にスムーズに身体が運ばれていく。
「少しだけ、リラックスしてきたか?」
曲の中盤を少し過ぎたあたりで、彼が顔を寄せてきて、耳元で問うてくる。その声音はどこか甘くて、彼との夜を思い出しそうになって、私は慌てて頷く。
「えぇっ! ありがとう」
そんな私の心情を知ってか知らずか、彼がくすっと小さく笑うのが分かった。
「あと何人か、紹介したい人間がいるのだが……付き合ってくれるか?」
「も、もちろん!」
それが今夜の私の役目なのだ、当然だと言うように意気込んで頷けば、彼が「すまないな」と詫びる。
「終わったら、早めに帰ろう」
そう提案されて私は慌てて彼を見返す。
「っでも! 大丈夫なの?」
年に数回しかない王宮での催しだ、できるだけ多くの顔を繋ぎたいだろう。そう思って「私なら大丈夫だから」と言いかけるのを、彼の瞳に制された。
「むしろ……こんな美しい妻をあの男の視線の届くところに、一秒たりとも置いておきたくないんだ」
「っえ!?」
あの男、という言葉が指すものが誰であるかという事は言わずと知れた事で、グランドリーが近くにいるのかと視線をさ迷わせかけて、しかし途中でその姿を目にしたくないという感情が働いて慌てて夫に視線を戻す。
恐らくそんな私の心情は彼には手に取るように分かったのだろう。
「大丈夫だ。今の所、姿は見当たらない。どこかにいるかもしれないが、ここは王宮だ。そうやすやすと近づいては来ないさ」
ぐっと私の腰を引き寄せて、耳元で優しくなだめるように、囁かれた。
その言葉に、小さく安堵の息をついて、彼を見上げる。
「ありがとう……でも、無理はしないでね。お仕事の邪魔にはなりたくないの」
彼の家の役に立つ事を望まれて結んだ契約結婚だ。それなのに足を引っ張るわけにはいかない。まだ我慢できるから大丈夫だと……そう伝えたかったのに。
なぜかまた、複雑な表情の彼が私を見返していた。
国王陛下へのご挨拶を終えると、陛下の脇に控えていた王族方の中から、ひと際目立つドレスに身を包んだ女性が飛びついて来た。
このような場所でそんな振る舞いを許される年頃の女性は一人しかいない。
「マリー様!」
飛び込んで来た友人である王女殿下の華奢な身体を抱き留めれば、ぎゅうっと抱きつかれる。
「元気そうで良かったわ! 結婚式には参列できなくてごめんなさいね! ずっとずっと心配してたのよ」
「ご心配をおかけしました。この通りつつがなく過ごしております。かの折には色々とお口添えいただいてありがとうございます」
柔らかく抱きしめ返して彼女に聞こえる声音でそう告げれば、マリー様は、がばりと私から身体を離す。
「当然だわ! ただでさえ許されない所業なのに被害者が貴方だなんて許せるわけないもの!」
彼女の眼はまだ怒り冷めやらない様子で……なるほど、グランドリーが随分ひどく叱られたという世間の噂も大げさではないのだと、理解してゴクリと唾をのんだ。
「おかげ様にて、穏やかに過ごさせていただいております」
なだめるように、努めて穏やかに告げれば、釣り上げていた眉をゆるゆると下げた彼女は私の両手を取ってっぎゅうっと握る。
「それは良かった! ラースは真面目で怖そうに見えるけど、兄様の側近の中では一番細やかで気が使えるから、しっかり甘えてしまえばいいわ!」
そうよね? と王女殿下の視線が私の隣に立つ彼に向けられる。
「ははっ! たしかにこいつほど細やかな奴はいないな……その分裏で何を企んでいるかはわからんけどなぁ」
「っ! 王太子殿下!」
いつの間にかマリー様に続いて近づいてきていた王太子殿下の出現に私は慌てて姿勢を正す。
「主人と従者は鏡のようなものですから、仕方ありません」
一気に緊張した私と逆に、隣から彼の呆れたようなため息交じりの声が割り込んできて、驚いて彼と王太子殿下を見比べる。側近でもその言い方は不敬には当たらないのだろうかと心配をしたのだが……
「ほ~ら、そう言うところだ! 気をつけることだなティアナ嬢……いやもう夫人だな! この男の綺麗な顔と紳士的な態度に騙されてはいけないぞ」
茶目っ気たっぷりに片眼を閉じて見せる王太子殿下、そして「変な事を妻に吹き込まないでください!」と面白くなさそうに彼が応戦する。
戸惑ってマリー様を見れば、彼女は「いつもの事よ!」と肩を竦めて見せる。
どうやらこれが普段の彼らのやり取りらしい。
なんだか普通の同年代の友人同士のじゃれ合いのようで、そうと分かれば微笑ましい。
「肝に銘じておきますわ殿下」
ふふっと笑って、殿下に向きなおると、「ティアナ! 君までか⁉︎」と彼が眉を下げて私を見るものだから、もっとおかしくなってマリー様と声を上げて笑ってしまった。
マリー様と王太子殿下と別れ、その他の王族の方々にもお祝いのお言葉をいただいて、ある程度の挨拶を終えると、少しばかり気持ちも軽くなったように感じた。
「少しだけ踊るか?」
そう彼に問われて、私は意を決して頷く。
正直目立つことはあまりしたくないのだけれど、新婚で王宮の舞踏会に参加して一曲も踊らないのも不自然だ。
「一曲だけにしよう。大丈夫だ」
耳元で彼に優しく囁かれ、差し出された彼の手を取れば、ゆっくりとダンスの輪の中にエスコートされる。
実のところ、彼と踊るのは初めてなのだが、不思議な事に、踊り出しからまったく違和感がない。当然、足なんて踏まれることもなく、動きたい方向に、踏み出したい場所にスムーズに身体が運ばれていく。
「少しだけ、リラックスしてきたか?」
曲の中盤を少し過ぎたあたりで、彼が顔を寄せてきて、耳元で問うてくる。その声音はどこか甘くて、彼との夜を思い出しそうになって、私は慌てて頷く。
「えぇっ! ありがとう」
そんな私の心情を知ってか知らずか、彼がくすっと小さく笑うのが分かった。
「あと何人か、紹介したい人間がいるのだが……付き合ってくれるか?」
「も、もちろん!」
それが今夜の私の役目なのだ、当然だと言うように意気込んで頷けば、彼が「すまないな」と詫びる。
「終わったら、早めに帰ろう」
そう提案されて私は慌てて彼を見返す。
「っでも! 大丈夫なの?」
年に数回しかない王宮での催しだ、できるだけ多くの顔を繋ぎたいだろう。そう思って「私なら大丈夫だから」と言いかけるのを、彼の瞳に制された。
「むしろ……こんな美しい妻をあの男の視線の届くところに、一秒たりとも置いておきたくないんだ」
「っえ!?」
あの男、という言葉が指すものが誰であるかという事は言わずと知れた事で、グランドリーが近くにいるのかと視線をさ迷わせかけて、しかし途中でその姿を目にしたくないという感情が働いて慌てて夫に視線を戻す。
恐らくそんな私の心情は彼には手に取るように分かったのだろう。
「大丈夫だ。今の所、姿は見当たらない。どこかにいるかもしれないが、ここは王宮だ。そうやすやすと近づいては来ないさ」
ぐっと私の腰を引き寄せて、耳元で優しくなだめるように、囁かれた。
その言葉に、小さく安堵の息をついて、彼を見上げる。
「ありがとう……でも、無理はしないでね。お仕事の邪魔にはなりたくないの」
彼の家の役に立つ事を望まれて結んだ契約結婚だ。それなのに足を引っ張るわけにはいかない。まだ我慢できるから大丈夫だと……そう伝えたかったのに。
なぜかまた、複雑な表情の彼が私を見返していた。