その溺愛、契約要項にありました?〜DV婚約者から逃れたら、とろ甘な新婚生活が待っていました〜
37 残された温もり
♢♢
「大丈夫か?」
さらりさらりと、優しく髪を梳く大きな手が心地よくて、ゆっくりと瞳を閉じて、小さく頷く。
独特な身体の気だるさを感じながら、まだ少し乱れている息を整える。
「そうか……」
彼が安堵したように息を吐く気配がする。髪を梳いている手は止まらない。彼が身体を起こした気配がして、瞳を開きかけたところに、不意打ちのように口付けが落ちて来て、すぐ離れた。
パチリと目を開いて彼を見上げれば、彼は柔らかく微笑んで、私の髪をもう一度撫でて口付けた。
そうして唇が離れると
「また後で」
そう甘く囁いて、ベッドから起き上がると、シャワールームのある部屋に下がって行ってしまった。
パタリと音を立てて、彼が消えた扉を眺めて……ふと我に帰って熱くなっている顔を両手で包む。
恥ずかしい! まさかこんな時間から肌を重ねることにるなんて! ただただ普通にお茶を飲んで夕食までの時間を過ごすはずだったのに……
夕食の時間までわざわざ後ろ倒しにして……これでは家中の全ての使用人達にバレバレではないか。
どんな顔をしてディナーの席に着けばいいのだ!
それにしても……いったい何が引き金だったのだろう。
ただ普通に話をしていただけで……それなのに、なんだかすごく求められたように感じたのは気のせいではないだろう。
毎晩のそれと同じように……いや、シチュエーションが違うからなのか、いつも以上に甘くしつこく責められて名前を呼ばれたような気がしたのは気のせいだろうか?
それなのに、そうかと思えば、終わったらあっさりとベッドを出て行ってしまうのだ。
男性の欲というものはそういうものなのかしら?
とても大切に抱かれたと思ったからこそ、今、隣から彼が居なくなってしまったことが寂しくて。
先程まで彼がいた場所のシーツをきゅっと握る。
まだほんのり温もりが残っていて、それが逆に寂しい気持ちに拍車をかける。
でもそれは贅沢な話よね。
好きな男性のそばに妻としていられるならば、そんな幸せな事はないのだ。
たとえ、彼が同じような想いを抱いてなくても、契約の妻だとしても。