その溺愛、契約要項にありました?〜DV婚約者から逃れたら、とろ甘な新婚生活が待っていました〜
3章
39 はじめての別れ
領地の視察が決まってからひと月が経過した。
クロードの尽力のおかげで、私の視察の手配も、夫のスケジュール調整もなんとかなったらしく、この日私は1人先駆けて領地に向けて出発した。
列車に乗ったのは早朝で、当然のように出勤前の夫も見送りにきてくれた。
きちんと食事を取ること、くれぐれも無理をしすぎないようにと念を押されて、唐突に抱きしめられて「こんなにも長く君と離れるのは初めてだなぁ」と寂しそうに呟かれ、最後には人目も憚らずに額にキスまでされた。
恥ずかしかった! パフォーマンスとして周りに見せるためなのは分かってはいても……。
結局真っ赤になりながら列車に乗りこめば、先に客車に入り手配を済ませてくれていた侍従達からは、なんとも生暖かいような、「あらあら、たった数日会えないだけでこんな風になるなんて! ふふふふ」というような視線が向けられて、更に居た堪れなくなった。
ロブダート家に長く仕えてきた侍従達に言わせれば、「あれほど無愛想で、女性に興味も無さそうだった坊っちゃまが、まさかこれほどの愛妻家になるだなんて!」という事らしい。
彼の大げさすぎるパフォーマンスにドギマギしている私に対して彼らは常に「微笑ましくて、涙がでそうです」「亡きご両親が見られたらどんなにお喜びになられる事でしょう」などと、それはそれは嬉しそうに言うのだ。
そんな、気恥ずかしい出発をして、列車に揺られること数時間。
車窓から見える景色は、街中の風景から田園風景へと代わり、時折り大きな川辺の脇へと変わり、王都からあまり出た事が無かった私にしてみれば、退屈する事のない時間だった。
ただ一つ残念なのは、この景色を共有できる相手がいない事……
思えばあの悪夢の晩から、これほど彼と離れる事も無かったように思う。
今になって、別れ際の彼の言葉がこうした事を指していたのかと寂しさと共に実感が湧いてきたけれど。
きっと、彼はそんな事すらも見越して、新婚の夫婦らしく別れを惜しむような言葉を選んでくれたのだろう。
上手いというか、やはり王太子殿下に重用されるだけあって隙がなく頭が回る人だ。
出発と共に出された果実水をコクリと飲んで大きく息を吐く。
そんな彼がパートナーに選んだのだから、私だって上手くやらねばならない……まずは、今回私に課せられた視察を、きちんと実のあるものにしなければ。5日後に再開してガッカリさせないようにしないと……
夕刻前には目的の駅に到着して、馬車に30分ほど揺られ、そうして到着したロブダート公爵家の本邸は、想像以上に大きくて重厚で、歴史を感じる趣があった。
「大きいのね」
「歴史の長い城ですから。先代の奥様も初めてお見えになった時には大層驚かれておりました」
馬車を降りて思わず呆気に取られた私に、駅まで迎えに出てくれていた本邸のメイド長のエルスが懐かしそうに笑って、私の手を取るとその先のエントランスへ誘ってくれた。
エントランスへ入れば、そこにはズラリと使用人達が並んでいて。
「はじめまして奥様。お待ちしておりました」
白髪混じりの痩せた面長の男性が、凛とした動作で礼を取った。
この人が、本邸の筆頭執事であるアッシェルだと、すぐに検討がついた。
手紙に記されていた、きちりとした文字を思い出して、実際に見た彼の姿と合点がいった。
留守がちな本邸を高い信頼感で任されているだけあって、随分と優秀なのだろう。
一通り挨拶を交わし、アッシェルの自己紹介と世話につく侍従の紹介を終え、「長旅で疲れているだろうから」という配慮のもとに私は自室となる部屋に案内された。
私の部屋、というのはつまりはこの城の女主人の部屋であり、この城の中では二番目に重用されている部屋で……
広さもさることながら、家具や調度品についても随分と贅が尽くされていて、その上歴史的価値が高そうなものも多く、おいそれと触っていいものではないだろうと思うと自然と手が引っ込んだ。
「まずは、少し休まれてから夕食になさいましょうか?」
「うん、そうね。ありがとう」
気を使ってくれたエルスの言葉に頷くと、私は窓辺へ近づく。
窓から下を見下ろすと、そこはまた広大な庭が広がっていて・・・なんだかとても神秘的な雰囲気を感じた。
「ねぇ? 少しお庭を散歩しても? 列車と馬車の移動で少し歩きたいのだけど……」
せかせかと荷物を持ち込んだり、しまったりをしている侍従達に指示を出すエルスに問うてみると、彼女は快く「よろしゅうございます。では誰かを……」と言って忙しそうな侍女達から人を選ぼうとするので。
「共はいいわ! 少し外の空気を吸いたいだけだから、階段を降りてすぐだし、そう複雑なお庭でもなさそうだから迷子にはならないわ」
慌てて、共をつける事を辞した。
少しばかり、不安そうなエルスに「大丈夫よ!」と念を押して、渋々許可をもぎ取ると私は、解放された気分で部屋を出た。
クロードの尽力のおかげで、私の視察の手配も、夫のスケジュール調整もなんとかなったらしく、この日私は1人先駆けて領地に向けて出発した。
列車に乗ったのは早朝で、当然のように出勤前の夫も見送りにきてくれた。
きちんと食事を取ること、くれぐれも無理をしすぎないようにと念を押されて、唐突に抱きしめられて「こんなにも長く君と離れるのは初めてだなぁ」と寂しそうに呟かれ、最後には人目も憚らずに額にキスまでされた。
恥ずかしかった! パフォーマンスとして周りに見せるためなのは分かってはいても……。
結局真っ赤になりながら列車に乗りこめば、先に客車に入り手配を済ませてくれていた侍従達からは、なんとも生暖かいような、「あらあら、たった数日会えないだけでこんな風になるなんて! ふふふふ」というような視線が向けられて、更に居た堪れなくなった。
ロブダート家に長く仕えてきた侍従達に言わせれば、「あれほど無愛想で、女性に興味も無さそうだった坊っちゃまが、まさかこれほどの愛妻家になるだなんて!」という事らしい。
彼の大げさすぎるパフォーマンスにドギマギしている私に対して彼らは常に「微笑ましくて、涙がでそうです」「亡きご両親が見られたらどんなにお喜びになられる事でしょう」などと、それはそれは嬉しそうに言うのだ。
そんな、気恥ずかしい出発をして、列車に揺られること数時間。
車窓から見える景色は、街中の風景から田園風景へと代わり、時折り大きな川辺の脇へと変わり、王都からあまり出た事が無かった私にしてみれば、退屈する事のない時間だった。
ただ一つ残念なのは、この景色を共有できる相手がいない事……
思えばあの悪夢の晩から、これほど彼と離れる事も無かったように思う。
今になって、別れ際の彼の言葉がこうした事を指していたのかと寂しさと共に実感が湧いてきたけれど。
きっと、彼はそんな事すらも見越して、新婚の夫婦らしく別れを惜しむような言葉を選んでくれたのだろう。
上手いというか、やはり王太子殿下に重用されるだけあって隙がなく頭が回る人だ。
出発と共に出された果実水をコクリと飲んで大きく息を吐く。
そんな彼がパートナーに選んだのだから、私だって上手くやらねばならない……まずは、今回私に課せられた視察を、きちんと実のあるものにしなければ。5日後に再開してガッカリさせないようにしないと……
夕刻前には目的の駅に到着して、馬車に30分ほど揺られ、そうして到着したロブダート公爵家の本邸は、想像以上に大きくて重厚で、歴史を感じる趣があった。
「大きいのね」
「歴史の長い城ですから。先代の奥様も初めてお見えになった時には大層驚かれておりました」
馬車を降りて思わず呆気に取られた私に、駅まで迎えに出てくれていた本邸のメイド長のエルスが懐かしそうに笑って、私の手を取るとその先のエントランスへ誘ってくれた。
エントランスへ入れば、そこにはズラリと使用人達が並んでいて。
「はじめまして奥様。お待ちしておりました」
白髪混じりの痩せた面長の男性が、凛とした動作で礼を取った。
この人が、本邸の筆頭執事であるアッシェルだと、すぐに検討がついた。
手紙に記されていた、きちりとした文字を思い出して、実際に見た彼の姿と合点がいった。
留守がちな本邸を高い信頼感で任されているだけあって、随分と優秀なのだろう。
一通り挨拶を交わし、アッシェルの自己紹介と世話につく侍従の紹介を終え、「長旅で疲れているだろうから」という配慮のもとに私は自室となる部屋に案内された。
私の部屋、というのはつまりはこの城の女主人の部屋であり、この城の中では二番目に重用されている部屋で……
広さもさることながら、家具や調度品についても随分と贅が尽くされていて、その上歴史的価値が高そうなものも多く、おいそれと触っていいものではないだろうと思うと自然と手が引っ込んだ。
「まずは、少し休まれてから夕食になさいましょうか?」
「うん、そうね。ありがとう」
気を使ってくれたエルスの言葉に頷くと、私は窓辺へ近づく。
窓から下を見下ろすと、そこはまた広大な庭が広がっていて・・・なんだかとても神秘的な雰囲気を感じた。
「ねぇ? 少しお庭を散歩しても? 列車と馬車の移動で少し歩きたいのだけど……」
せかせかと荷物を持ち込んだり、しまったりをしている侍従達に指示を出すエルスに問うてみると、彼女は快く「よろしゅうございます。では誰かを……」と言って忙しそうな侍女達から人を選ぼうとするので。
「共はいいわ! 少し外の空気を吸いたいだけだから、階段を降りてすぐだし、そう複雑なお庭でもなさそうだから迷子にはならないわ」
慌てて、共をつける事を辞した。
少しばかり、不安そうなエルスに「大丈夫よ!」と念を押して、渋々許可をもぎ取ると私は、解放された気分で部屋を出た。