その溺愛、契約要項にありました?〜DV婚約者から逃れたら、とろ甘な新婚生活が待っていました〜

46 諦め

翌朝、約束通り朝食の時間にやってきたアドリーヌ嬢と共に邸を出発した。

視察先に向かう道中、最近の領地の状況について説明をするアドリーヌ嬢とそれを聞いた彼が真剣に議論しているのを、蚊帳の外になっているような感覚で見守る。


あの中庭のメイド達の言うように、私ではなくて、彼はこの子と一緒になるべきだったのではないだろうか、あまりにも呼吸の合った2人のやりとりにそんな思いはどんどん強くなっていく。

メイド達の話を思い出せば、過去にアドリーヌ嬢は他の男性と婚約していて、そして死別しているらしい。

その事がどうやらネックになって、2人の結婚は歓迎されず婚約する事はできなかった。

そんな折に、私がグランドリーから暴力をうけていたから、彼は私を救うため無理に結婚をしてくれたのではないだろうか。

考え出すと色々辻褄が合ってしまって、胸の奥がズキズキと痛みを覚える。 

「ティアナ? 聞いているか?」

考え込んでいると、不意に名前を呼ばれてはっとする。


「っ、ごめんなさい」

慌てて顔を上げると、心配そうに彼がこちらを覗き込んでいた。

「揺れに酔ったか?」

そう問われ、腰を浮かせようとした彼の服を引いて慌てて首を振る。

「いえ、大丈夫よ!朝はなかなか頭が回らなくて……頭の中を整理していたの」

彼が合流した事と、明日一日スケジュールを空けるため、今日はとても予定が詰まっているのだ。こんな所で足を引っ張るわけにはいかない。

努めて明るい声で、何でもないのだとアピールすると、彼は困ったように眉を下げ私の髪を撫でる。


「今すぐ無理して覚えなくてもいいよ。君は王都の方をやってもらってるのだし、どんな事をしているのか把握だけしておいてほしいだけだから」


「もう少ししたら、頭も冴えて来るだろうから大丈夫よ」
本当に心配ないのだと、微笑んで見せると不意に私たちの正面に座っていたアドリーヌ嬢がくすくすと笑い始めた。

「ふふっ、ラース兄様ったら、奥さんにはそんなお優しいお言葉をかけられるのね。すごく珍しいものを見てしまったわ」

揶揄うようなその言葉とともに、とても気安い彼女に、私の胸はまたツキンと痛む。

「当然だ! と、いうより俺はいつでも誰にでも優しいぞ?」

なぁ? と問うように言われて、私は「えぇ」と勢いに押されたように頷く。

「いつでも? それはないわよ~少なくとも私は優しくされた事なんてないわぁ~」

「いやいや、そんな事はないだろう! 思い出せ!」

「えー? ないない」

途端にふざけ合って言い合いを始める2人。

気安くて息があっていて……そして何より彼がとても楽しそうで……あぁ、この2人の間には私が入り込む事はできないのだと、諦めに似たものが腹の奥に降りてきた。



+++




「本当に体調は大丈夫なのか? あまり食欲も無かっただろう?」

怒涛の視察を終えて、いつもより少しばかり遅い時間にベッドに入れば、心配そうな彼に、まじまじと顔を見られる。

心配をかけないように振る舞っていたつもりだったが、昼食も夕食も少しずつ残していたのを見られていたらしい。

「大丈夫。少し疲れが出てるだけよ」

流石に何でもないと言い切るには苦しいので、疲れを理由にすると、彼は私の額に手を当てて、熱がないかと確かめる。


「明日の外出はやめておくか?」

「本当に大丈夫なの。心配しないで。それに楽しみにしていたのよ?」

本当は明日改まってアドリーヌ嬢の事を言われるのではないかと怖くもある。でも、いつまでも逃げているわけにもいかないという事も分かっている。

彼は優しいから、きっと私にとっていいタイミングを図ってくれているだろう。だったら、変にジタバタせずに彼の作る流れに乗った方がいいのかもしれない。

何があっても、明日は契約妻らしい反応をしなければならない。そう心を奮い立たせていると、不意に彼が私の手を取って引く。


「手が冷えてるな。おいで、温めるから」

そう言って、私を包み込むように自身の胸に抱きこむと

「おやすみ」

額に口付けを落として髪を撫でてくれる。


その温かさと、優しさが一層私の胸を締め付けて。

彼の寝息を聞きながら、流れる涙を抑えることが出来なかった。
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