その溺愛、契約要項にありました?〜DV婚約者から逃れたら、とろ甘な新婚生活が待っていました〜

62 二面性


馬車がつけられて、乗り込むと首を捻る。

「一体なんだったのかしら?」

「自分勝手に話して……相変わらずお変わりない感じではありましたけど」

隣に座ったマルガーナは、釈然としない私とは打って変わって苛立っている様子だった。


私について王立学院に行っていたマルガーナは、リドックの事を当然知っているのだが……

「なんなのですか? なんだか自分に酔っているというか、すごく自信がおありな感じは?」

初見のエイミーもどうやら戸惑っているようで…
そんなエイミーに、マルガーナは「そういう方なんです!」と鼻息荒く呟くと、向き直る。


「スペンス公爵家のご嫡男で、ティアナ様の王立学院時代の同級生です。在学中、成績ではいつもティアナ様につけて2番目におりました。当時ティアナ様は彼の兄君の、あの暴力男と婚約中でしたからあまり近づいてくることはありませんでしたが、それでも関わりは幾分かありました。自分より身分や能力の高い方に対しては非常に好意的な態度で接しておりましたが、私達侍従や下位の貴族に対しては、小馬鹿にしたような態度を使いわけていました!」

「そうだったの⁉︎」

驚いてマルガーナを見れば、彼女は息を吐いて思い出したくもないというような顔をしている。

「お嬢様に対して無礼を働く事は無さそうだったので言いませんでしたが、私が一人でいる時には、何度か小馬鹿にするような態度を取られた事があります」


「そんな事が……気づかなかったわ」

「ご実家の状況も状況ですから、抑圧されてひねくれてしまっているのねと、他家のご子息ご令嬢のお付きの者たちと言いあっておりましたの。口だけは昔からとても上手かったので、人望があるようには見えましたが、下々の者にしてみればとんでもありません」

突然出てきた新たなリドックの人間像に私は驚きが隠せなかった。
私から見たリドックは、人当たりがよく友人も多く品行方正なイメージだった。時々覗くあの皮肉めいた笑みは、グランドリーやスペンス家に関することのみに対してかと思っていたのだが

「何か裏をお持ちのようですね。随分と自信がお有りのようでしたし」

エイミーの言葉に私もマルガーナも頷く。

「でも私には割と今まで好意的だったのに……少し前にあった時もあんな態度じゃぁ」

「会われたのですか⁉︎」

「いつです⁉︎」

ぽつりと考え込むように呟いた言葉に、2人が強く反応する。特にマルガーナは、彼女が猫ならば毛を逆立てて攻撃体勢にはいっていただろう。


「あ、えと、この前の観劇の夜……お手洗いの帰りに声をかけられて、挨拶程度の話ししかしていなかったのだけど」

「っ、だからあの方があの場に現れてもあの程度の反応だったのですね⁉︎ 私は幽霊でも見ているのかと思うほど驚きましたのに!」

マルガーナの言葉に肩をすくめる。

「去り際に『またそのうち』って言っていたから、そのうち何処かではと思っていたの。それよりあの馬車が目の前に現れた方に動転してしまって……」

あの時まで、まさかあれほど自分があの馬車に恐怖心を持っていたなんて思わなくて、それに驚いてしまっていたのだ。

向かい合うマルガーナの瞳が痛ましげに歪む。

「無理もございません。ですが、なぜあの家の者がノコノコと接触してくるのでしょうか⁉︎ その事はもちろん旦那様にはお話なさっておられるので?」


マルガーナの言葉に私は眉を下げて首を振る。
「話そうとは思っていたのだけど、あれ以来なかなか時間がなくて……」

そう、あの晩以降、またしても彼は多忙になって話せる隙もなく……しかも今日から王太子殿下の遠方への視察のお供で、3日ほど留守になるのだ。いずれと言ってもこれほど近い内ではないと思っていたのでそれほど焦ってもいなかったのがいけなかった。

今思えば、あの夜にきちんと話しておけば良かったのだが……

「お帰りになったらすぐお話するべきですね」

私とマルガーナのやりとりを聞いていたエイミーが、真剣な面持ちで念を押すので、しっかりと頷く。


リドックはいったい何を考えているのだろうか?
グランドリーの件を彼が逆恨みするという事はありえないので、ただ単に商売敵として牽制されただけなのだろうか……なんとなく違うものを感じてしまうから、なんだかとても気味が悪かった。


「早めに話すわ……なんだかよく分からないけれど、嫌な予感がする」

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