その溺愛、契約要項にありました?〜DV婚約者から逃れたら、とろ甘な新婚生活が待っていました〜
63 リドックの狙い
事業の調整のため実家を訪ねて父と打ち合わせを行って、久しぶりに家族と夕食を共にしたのは、夫が王太子殿下の視察の追従から戻る前夜の事だった。
「例のレストランからご連絡がありまして……折角のお誘いですが辞退されたいとのことで、店主がおこしになっておられたのですが……」
帰宅するなり、迎えに出たクロードからそんな話を聞かされて、私は眉を寄せた。
「スペンス侯爵家の方を取ったって事?」
私の言葉に、クロードが一瞬息を飲んだように言葉に詰まると
「ご存知だったのですか!?」と驚いたように問うてくる。
「交渉の日にたまたまお店の前で会ったのよ、スペンス家の次男にね! それで……お手紙を残されて帰られたのね?」
クロードの手には迎えに出た時から1通の真っ白な封筒があって、よく見れば私宛の宛名が見える。
私が帰りが遅い事を知り、律儀に手紙を残していってくれたらしい。
手紙を受け取って開いてみれば、予想通りの内容がずいぶん回りくどく、丁寧に礼を尽くして記されていた。
すぐに畳んで封筒にしまうと、息を吐く。
「あの自信満々な態度は見せかけじゃあ無かったという事なのね……とにかく、少し情報が欲しいわね。クロード」
「はい!」
「旦那様はスペンス家の動向はどの程度調べているの?」
本当ならば夫に直接聞くのが一番なのだが、明日の彼の戻りは遅い予定と聞いている。今回の件が後手にまわった事もあるので先に何かしら情報はないかとクロードに聞いてみたのだが……
「申し訳ありません。その件に関しましては旦那様は専任の者をつけておりまして、私の方には全く……」
首を横に振って申し訳なさそうに眉を下げるクロードに、私は「いいのよ」と微笑む。
「何か情報が有ればと思っただけだから、差し迫った話ではないけれど、旦那様が戻られたら早めに聞いて、何か対策を練らないといけないかもね」
「たしかに、そうですね。旦那様が戻られて、お時間が取れそうなタイミングがあれば、私の方からもお声がけさせていただきます」
私の言葉にクロードが神妙に頷くので、「お願いね」と声をかけて、私は部屋へ下がった。
「なんだか、作為的な感じがします」
部屋に戻り、上掛けを脱がせにマルガーナがそばにやってくると、彼女は不機嫌を隠そうともせずつぶやくので、私はクスリと笑う。
「わざとだって言うの? たまたま事業内容が一緒で、運悪く対象が重なっただけじゃないかしらね? 流石にそこまで粘着されるほど恨みを買ってはいないとは思うわよ?」
数日前に会ったのも偶然であって、あれがなければ競合の相手が彼であったなんて気づくことすらなかったのだ。
しかし私の言葉にマルガーナは納得いかないといった表情を崩すことはない。
「言っておられたではありませんか? 学院時代、成績ではお嬢様には勝てなかったと……だから今度こそは……と」
歯切れの悪いマルガーナの言葉に私は吹き出す。
どうやら本当に彼女はリドックが嫌いらしい。
「まさか! 昔の事すぎない? それにお勉強と事業は全然ちがう事は彼自身がよくわかっていると思うわよ? たしかに「負けない」とは言われたけれど、あんなの挨拶でしょう? 彼の方が専門的にお勉強もしているわけだし私なんて足元にも及ばないのにそんな若輩者にわざわざ噛み付かないわよ~」
学院時代、たしかに私と彼は近い場所で成績を競り合ってはいたけれど、それだって他にも2.3人いたはずだ。私だけをと言うのもおかしな話しだし、彼自身から当時そんなライバル視するような言葉をかけられた覚えもない。
今回はたまたま重なっただけで、それほど大げさに考える必要はないだろう。ただ、やはり事業を競合する者が増えた事は事実で、相手がリドックならば、なかなか手強い。
早めに相手を知ることと、対策を練る事は大切だ。
その時私はその程度にしか事態を受け止めていなかったのだ。