その溺愛、契約要項にありました?〜DV婚約者から逃れたら、とろ甘な新婚生活が待っていました〜
64 少し戻って・・・【ラッセル視点】
♦︎♦︎
スペンス侯爵家に動きがあった事は、ずいぶんと早い段階で察知していた。
だからいずれ、顔を合わせることになるという事は理解していた。その時までは、さほどその男について思うところは無かった。それどころか、ティアナの元婚約者であるグランドリーが永遠に関わる事がなくなると言う事実に安堵すらしていたのだ。
「リドック・ロドレルでございます」
ハッキリとしたよく通る声は、自分の知る男よりも少しばかり高音で、「この男が弟なのか」と思った。
端正な顔立ちは、兄とどこか似ているが、吊り目がちで自信家に見えた兄と比べると、幾分か目元は柔らかく、控えめな印象を受けた。
国王と王妃、王太子の前に跪き、挨拶をするその横顔を脇に控えて眺める。
彼の兄であるグランドリー・ロドレルは、先日の舞踏会で見せた反省のない愚かな振る舞いが、衆目だけではなく、王女殿下……ひいては王妃陛下をはじめ王族の面々の目に止まり、スペンス侯爵家の後目から完全に外され国外に出されてしまったらしい。
そして代わりに外国から呼び戻されたのは、スペンス家の次男である目の前の男だ。
見る限りでは、無害そうな顔つきをしている。
これでようやくスペンス家を警戒しなくても良くなる。
ティアナも安心して生活ができるだろうか。
昨晩遅く、ベッドに入った時の妻の可愛らしい顔を思い出して緩みそうになる頬を慌てて引き締めた。
領地から戻ってから数日、連日多忙を極めて愛しい妻の顔を見るのは彼女が寝静まってから、という日が続いていた。
安心し切った寝顔を眺められるのもいいのだが、そろそろ目を開けて、くすくすと可愛らしく笑う彼女が恋しくなってきている。
今夜も……きっと起きている彼女には会えないのだろう。
この後もぎっしりと詰まっている予定を頭の中で確認しながらげんなりする。
それでも3日後……その日だけは……と時間を開けたその晩、久しぶりに2人で出かける予定を作ったのだ。観劇に行って、夕食を食べるだけの、些細な時間だが、それがあるからまだこの激務にも耐えられるのだ。
とにかくそんなどうしようも無い事を呑気に考えながら謁見の時間をやり過ごした俺は、その日の午後に思いもかけず、リドックから声をかけられて驚く事になったのだった。
どうやらリドック・ロドレルはその日は議会をはじめ多方面に挨拶回りをしていたらしい。
「ロブダート卿ですね!」
そう呼び止められて、驚く俺に彼は悠々とした足取りで近づいてきて、自分がリドック・ロドレルだと名乗った上で。
「彼女は……ティアナ嬢はお元気でしょうか?」
驚いた事に彼からティアナのことを聞いてきたのだ。
今まで彼の兄がティアナにした事の件でティアナの父上に付き添い、スペンス家との話し合いの場に参加はしていたのだが、スペンス侯爵は形式ばかりの対応はしたものの、そこに彼らの誠意を見る事は出来なかった。
だから、弟の彼がわざわざ俺に関わった上でティアナの名を出すとは思いもしなかった。
「っ、えぇ……まぁ」
あまりに想定外のことに、驚いて曖昧な返答になってしまったものの、彼はそんな事には一切構わない様子で
「あぁ、良かったです。我愚兄のしでかしたな事ながら、彼女には本当に申し訳の無い事をしたと聞いていたので、ずっと気になっていたのです」
眉を下げるとそう言って弱々しく微笑むのだ。
これには、いったいどんな顔をしていいのやら分からなくて戸惑った。すでにティアナの実家とスペンス侯爵家の間では話し合いが済んでいて慰謝料の支払いも行われ、今後はその話を蒸し返さず互いの家としては極力関わらないという話になっているのだ。
それがティアナの実家とスペンス侯爵家の話だ。
今思えば、ロブダート家も同じように結んでおけば良かったのだが、まさかグランドリーがあれほど愚かだとは思ってもいなかったのだ。
結局その手落ちが舞踏会の夜のグランドリーの行動に繋がってしまった。
故にその直後にはスペンス侯爵家に警告と共に、取り決めをする事を提案したのだが、戻ってきた答えは「グランドリーは国外に出し、今後一切この国の社交界には関わらない故、その必要はない」という回答だった。
どういう事だろうか? と首を傾けて内情を探っていると、驚くほどアッサリとグランドリーは国外へ出され、反対に外国にいた弟が呼び戻されたのだ。
ここまできて、俺ははじめてスペンス侯爵家に次男がいた事を知った。
グランドリーとは王立学院時代同級生ではあったものの、正直なところ変に敵視され関わりたくはなかったので、興味すら持たなかったのもある。このリドック・ロドレルの対応はどういう意図があるのだろうか?
結局そのあとは、形式的なやりとりをしてすぐに離れた。
リドックの目的は本当にただティアナを心配したと言うより、今後スペンス家の跡取りとなる者として彼なりに筋を通したというようにも取れた。
しかし初対面にして感じる違和感のような、なんとも言えない胸騒ぎはなんなのだろうか?
どこか釈然としない気持ちを抱えながら、その日の午前の業務を終えた。
スペンス侯爵家に動きがあった事は、ずいぶんと早い段階で察知していた。
だからいずれ、顔を合わせることになるという事は理解していた。その時までは、さほどその男について思うところは無かった。それどころか、ティアナの元婚約者であるグランドリーが永遠に関わる事がなくなると言う事実に安堵すらしていたのだ。
「リドック・ロドレルでございます」
ハッキリとしたよく通る声は、自分の知る男よりも少しばかり高音で、「この男が弟なのか」と思った。
端正な顔立ちは、兄とどこか似ているが、吊り目がちで自信家に見えた兄と比べると、幾分か目元は柔らかく、控えめな印象を受けた。
国王と王妃、王太子の前に跪き、挨拶をするその横顔を脇に控えて眺める。
彼の兄であるグランドリー・ロドレルは、先日の舞踏会で見せた反省のない愚かな振る舞いが、衆目だけではなく、王女殿下……ひいては王妃陛下をはじめ王族の面々の目に止まり、スペンス侯爵家の後目から完全に外され国外に出されてしまったらしい。
そして代わりに外国から呼び戻されたのは、スペンス家の次男である目の前の男だ。
見る限りでは、無害そうな顔つきをしている。
これでようやくスペンス家を警戒しなくても良くなる。
ティアナも安心して生活ができるだろうか。
昨晩遅く、ベッドに入った時の妻の可愛らしい顔を思い出して緩みそうになる頬を慌てて引き締めた。
領地から戻ってから数日、連日多忙を極めて愛しい妻の顔を見るのは彼女が寝静まってから、という日が続いていた。
安心し切った寝顔を眺められるのもいいのだが、そろそろ目を開けて、くすくすと可愛らしく笑う彼女が恋しくなってきている。
今夜も……きっと起きている彼女には会えないのだろう。
この後もぎっしりと詰まっている予定を頭の中で確認しながらげんなりする。
それでも3日後……その日だけは……と時間を開けたその晩、久しぶりに2人で出かける予定を作ったのだ。観劇に行って、夕食を食べるだけの、些細な時間だが、それがあるからまだこの激務にも耐えられるのだ。
とにかくそんなどうしようも無い事を呑気に考えながら謁見の時間をやり過ごした俺は、その日の午後に思いもかけず、リドックから声をかけられて驚く事になったのだった。
どうやらリドック・ロドレルはその日は議会をはじめ多方面に挨拶回りをしていたらしい。
「ロブダート卿ですね!」
そう呼び止められて、驚く俺に彼は悠々とした足取りで近づいてきて、自分がリドック・ロドレルだと名乗った上で。
「彼女は……ティアナ嬢はお元気でしょうか?」
驚いた事に彼からティアナのことを聞いてきたのだ。
今まで彼の兄がティアナにした事の件でティアナの父上に付き添い、スペンス家との話し合いの場に参加はしていたのだが、スペンス侯爵は形式ばかりの対応はしたものの、そこに彼らの誠意を見る事は出来なかった。
だから、弟の彼がわざわざ俺に関わった上でティアナの名を出すとは思いもしなかった。
「っ、えぇ……まぁ」
あまりに想定外のことに、驚いて曖昧な返答になってしまったものの、彼はそんな事には一切構わない様子で
「あぁ、良かったです。我愚兄のしでかしたな事ながら、彼女には本当に申し訳の無い事をしたと聞いていたので、ずっと気になっていたのです」
眉を下げるとそう言って弱々しく微笑むのだ。
これには、いったいどんな顔をしていいのやら分からなくて戸惑った。すでにティアナの実家とスペンス侯爵家の間では話し合いが済んでいて慰謝料の支払いも行われ、今後はその話を蒸し返さず互いの家としては極力関わらないという話になっているのだ。
それがティアナの実家とスペンス侯爵家の話だ。
今思えば、ロブダート家も同じように結んでおけば良かったのだが、まさかグランドリーがあれほど愚かだとは思ってもいなかったのだ。
結局その手落ちが舞踏会の夜のグランドリーの行動に繋がってしまった。
故にその直後にはスペンス侯爵家に警告と共に、取り決めをする事を提案したのだが、戻ってきた答えは「グランドリーは国外に出し、今後一切この国の社交界には関わらない故、その必要はない」という回答だった。
どういう事だろうか? と首を傾けて内情を探っていると、驚くほどアッサリとグランドリーは国外へ出され、反対に外国にいた弟が呼び戻されたのだ。
ここまできて、俺ははじめてスペンス侯爵家に次男がいた事を知った。
グランドリーとは王立学院時代同級生ではあったものの、正直なところ変に敵視され関わりたくはなかったので、興味すら持たなかったのもある。このリドック・ロドレルの対応はどういう意図があるのだろうか?
結局そのあとは、形式的なやりとりをしてすぐに離れた。
リドックの目的は本当にただティアナを心配したと言うより、今後スペンス家の跡取りとなる者として彼なりに筋を通したというようにも取れた。
しかし初対面にして感じる違和感のような、なんとも言えない胸騒ぎはなんなのだろうか?
どこか釈然としない気持ちを抱えながら、その日の午前の業務を終えた。