その溺愛、契約要項にありました?〜DV婚約者から逃れたら、とろ甘な新婚生活が待っていました〜
73 本当の思惑【ラッセル視点】
ディノの言葉とエリンナの言葉が、頭の中で何度も何度も反復する。
2人の話の大筋は一致している。いずれもリドックがいつかはグランドリーを追い落とし、ティアナの婚約者に据え変わるつもりであったという事らしい。
そしてそれは、自分の関わりにより、半分は成功し、半分は失敗に終わった状況である。
リドックの想いについては理解できた。問題は……
ティアナがどういう想いを抱いていたか、だ。
ディノの話では、ティアナもリドックを想っており、彼女はリドックが戻るのを待っていたという事らしい。
彼女はリドックを愛していたのだろうか?
ならば何故、俺の手を取り契約結婚に乗ってきたのだろうか。
エリンナ側からの話では、ティアナがどういう思いでいたのかは明確では無かったが、「ティアナが心変わりをして約束を反故にするような人ではないと思う」という認識は同じだ。そうであるならティアナにはリドックと共通の想いは無かったように思う。
夜の公爵邸の廊下は、王太子殿下が逗留しているとあってきちんと明かりが灯されていて明るい。
一つの部屋の前で足を止めると、殿下付きの騎士が2人、部屋の前に立っている。
「休まれたと思ったのに…」
そう呟けば、騎士の2人が肩を竦めてわずかに微笑む。
彼らも随分長く殿下に仕えているから、殿下が何故このように執務室に籠っているのかはわかっているのだ。
ノックをして、返事を待たずに部屋に入る。
部屋の中は薄暗く、殿下の机上にわずかに灯された一つの明かりだけがあたりを照らしていた。
「ラースか」
執務机に向かってぼんやりと外を眺めていた殿下は俺の顔を見ると、まるで俺が来ることが分かっていたという顔で皮肉気な笑みを向けてきた。
「何を、と聞くのは愚問ですね」
殿下の前まで行くと、彼は大きく息を吐いて執務机の前に設られたソファを指して座れと指示するので、大人しく座る。
「お前こそ、エリンナと個別に話すような仲だったか? 主人に内緒で何をしていた?」
おそらく一部始終をこちらの窓から見ていたのだろう。窓に視線をめぐらせると、なるほど、ここからあの四阿はよく見えた。
殿下は、決して気分を害しているという様子ではないもの、あまりにも俺とエリンナが不思議な組み合わせであったことを純粋に不思議がっている様だ。
「昼間、彼女に呼び止められたんですよ。ティアナの事で伝えたい事があるって」
意外な返答だったのか、殿下は眉を寄せて不可解な顔をする。
「彼女、どうやらティアナとは学院の同級生だったようで、スペンス家のリドック・ロドレルに注意するよう忠告されました」
「リドック……あぁ最近跡取りを変わったスペンス家の次男か?」
「その男も同級生だったようで……なんでも学生の頃からいずれは兄から跡取りの座を奪って、ティアナと結婚すると吹聴していたらしいのです」
簡潔に、かいつまんで話すと殿下の瞳が大きく見開かれ
「なるほど、それで注意しろと……全くお節介なのは変わらないな」
呆れた様子でつぶやいてそして窓の外に目をやる。
「お節介で、自意識過剰だ」
そうつまらなそうにつぶやいて、両手で顔を覆った殿下は再び大きな息を吐いた。
「もしやとは思いましたが、やはり殿下を牽制して、中庭を選んだのでしょうか?」
中庭に連れ出された時から少し懸念はしていたのだ。そしてこの部屋に小さな明かりが灯っているのを見て、心配になりここまで来た。
「そうだろうな。エリンナが考えついたのか、あの狭量の夫がそうしたのかは分からんがな!」
おそらく、ロードモンド卿の方だろう。なんとなくあの場の雰囲気を思えば、妻のかつての想い人を牽制するくらいはしそうである。
わざわざ隣国の王太子の執務室から見える中庭の四阿を選び夫婦の寛いだひと時を見せつけて、かつてのお前の恋人は、俺の手中で美しく咲いているぞ、と告げているのだ。
身分や国のために結びつく事が無かった殿下とエリンナの関係を彼もどこからか聞き及んでいるのだろう。
いや、もしかしたらエリンナが嫁ぐ時から、それを知った上だったのかもしれない。
「幸せそうだった」
ぽつりと小さくつぶやいた殿下の言葉をなんとか拾い、「そうですね」と頷く。
「とても愛されておられました。ご本人もそれを受け入れて穏やかに笑っておられました」
残酷な言葉であるが、ここで下手なフォローをする事を、望んではいないだろう。
「そうか……」
そう言って天を仰いだ殿下はぼんやりと宙を見つめて、突然くすりと笑った。
「これはエリンナの計らいだな。いつまでも引きずっている俺にいい加減先に進めと言いたいのだろうな」
まったく、どこまでもお節介な。と呟いて殿下は首を振って立ち上がる。
「お前も上手いこと利用されたな! そこまでして望むなら、さっさと忘れてやるさ」
先程までの感傷的なものを拭い去るかのように乱暴に言い放った殿下はそのままズカズカと部屋の出口まで歩いて、こちらを振り返ると。
「寝るぞ!」
そう宣言して扉を開けた。
扉の向こうに控えていた騎士達が動き出す気配を感じて慌ててそれに続く。
殿下に夫妻のひと時を見せるためにわざと殿下の側近である俺を呼び出して、殿下の視線を自分達に向けさせる。たしかにそれが狙いだったと言われると、完璧な誘導だった。
自分はもしかして良いように利用されたのかもしれない。
ならばティアナとリドックの件はさほど緊急性はないのだろうか……いったいエリンナの中でどこまでが本気でどこまでが大袈裟なのだろうか。
分からない。
結局のところ、これは帰宅してティアナの口からきちんと聞くべきだろう。
聞いて……その返答次第では、彼女を手放す事になるかもしれない。
果たしてそれができるのだろうか……。
先程の殿下の苦々し気でどこか傷ついたような表情を思い出す。
きっと、自分もあんな風に引きずるのだろう。
2人の話の大筋は一致している。いずれもリドックがいつかはグランドリーを追い落とし、ティアナの婚約者に据え変わるつもりであったという事らしい。
そしてそれは、自分の関わりにより、半分は成功し、半分は失敗に終わった状況である。
リドックの想いについては理解できた。問題は……
ティアナがどういう想いを抱いていたか、だ。
ディノの話では、ティアナもリドックを想っており、彼女はリドックが戻るのを待っていたという事らしい。
彼女はリドックを愛していたのだろうか?
ならば何故、俺の手を取り契約結婚に乗ってきたのだろうか。
エリンナ側からの話では、ティアナがどういう思いでいたのかは明確では無かったが、「ティアナが心変わりをして約束を反故にするような人ではないと思う」という認識は同じだ。そうであるならティアナにはリドックと共通の想いは無かったように思う。
夜の公爵邸の廊下は、王太子殿下が逗留しているとあってきちんと明かりが灯されていて明るい。
一つの部屋の前で足を止めると、殿下付きの騎士が2人、部屋の前に立っている。
「休まれたと思ったのに…」
そう呟けば、騎士の2人が肩を竦めてわずかに微笑む。
彼らも随分長く殿下に仕えているから、殿下が何故このように執務室に籠っているのかはわかっているのだ。
ノックをして、返事を待たずに部屋に入る。
部屋の中は薄暗く、殿下の机上にわずかに灯された一つの明かりだけがあたりを照らしていた。
「ラースか」
執務机に向かってぼんやりと外を眺めていた殿下は俺の顔を見ると、まるで俺が来ることが分かっていたという顔で皮肉気な笑みを向けてきた。
「何を、と聞くのは愚問ですね」
殿下の前まで行くと、彼は大きく息を吐いて執務机の前に設られたソファを指して座れと指示するので、大人しく座る。
「お前こそ、エリンナと個別に話すような仲だったか? 主人に内緒で何をしていた?」
おそらく一部始終をこちらの窓から見ていたのだろう。窓に視線をめぐらせると、なるほど、ここからあの四阿はよく見えた。
殿下は、決して気分を害しているという様子ではないもの、あまりにも俺とエリンナが不思議な組み合わせであったことを純粋に不思議がっている様だ。
「昼間、彼女に呼び止められたんですよ。ティアナの事で伝えたい事があるって」
意外な返答だったのか、殿下は眉を寄せて不可解な顔をする。
「彼女、どうやらティアナとは学院の同級生だったようで、スペンス家のリドック・ロドレルに注意するよう忠告されました」
「リドック……あぁ最近跡取りを変わったスペンス家の次男か?」
「その男も同級生だったようで……なんでも学生の頃からいずれは兄から跡取りの座を奪って、ティアナと結婚すると吹聴していたらしいのです」
簡潔に、かいつまんで話すと殿下の瞳が大きく見開かれ
「なるほど、それで注意しろと……全くお節介なのは変わらないな」
呆れた様子でつぶやいてそして窓の外に目をやる。
「お節介で、自意識過剰だ」
そうつまらなそうにつぶやいて、両手で顔を覆った殿下は再び大きな息を吐いた。
「もしやとは思いましたが、やはり殿下を牽制して、中庭を選んだのでしょうか?」
中庭に連れ出された時から少し懸念はしていたのだ。そしてこの部屋に小さな明かりが灯っているのを見て、心配になりここまで来た。
「そうだろうな。エリンナが考えついたのか、あの狭量の夫がそうしたのかは分からんがな!」
おそらく、ロードモンド卿の方だろう。なんとなくあの場の雰囲気を思えば、妻のかつての想い人を牽制するくらいはしそうである。
わざわざ隣国の王太子の執務室から見える中庭の四阿を選び夫婦の寛いだひと時を見せつけて、かつてのお前の恋人は、俺の手中で美しく咲いているぞ、と告げているのだ。
身分や国のために結びつく事が無かった殿下とエリンナの関係を彼もどこからか聞き及んでいるのだろう。
いや、もしかしたらエリンナが嫁ぐ時から、それを知った上だったのかもしれない。
「幸せそうだった」
ぽつりと小さくつぶやいた殿下の言葉をなんとか拾い、「そうですね」と頷く。
「とても愛されておられました。ご本人もそれを受け入れて穏やかに笑っておられました」
残酷な言葉であるが、ここで下手なフォローをする事を、望んではいないだろう。
「そうか……」
そう言って天を仰いだ殿下はぼんやりと宙を見つめて、突然くすりと笑った。
「これはエリンナの計らいだな。いつまでも引きずっている俺にいい加減先に進めと言いたいのだろうな」
まったく、どこまでもお節介な。と呟いて殿下は首を振って立ち上がる。
「お前も上手いこと利用されたな! そこまでして望むなら、さっさと忘れてやるさ」
先程までの感傷的なものを拭い去るかのように乱暴に言い放った殿下はそのままズカズカと部屋の出口まで歩いて、こちらを振り返ると。
「寝るぞ!」
そう宣言して扉を開けた。
扉の向こうに控えていた騎士達が動き出す気配を感じて慌ててそれに続く。
殿下に夫妻のひと時を見せるためにわざと殿下の側近である俺を呼び出して、殿下の視線を自分達に向けさせる。たしかにそれが狙いだったと言われると、完璧な誘導だった。
自分はもしかして良いように利用されたのかもしれない。
ならばティアナとリドックの件はさほど緊急性はないのだろうか……いったいエリンナの中でどこまでが本気でどこまでが大袈裟なのだろうか。
分からない。
結局のところ、これは帰宅してティアナの口からきちんと聞くべきだろう。
聞いて……その返答次第では、彼女を手放す事になるかもしれない。
果たしてそれができるのだろうか……。
先程の殿下の苦々し気でどこか傷ついたような表情を思い出す。
きっと、自分もあんな風に引きずるのだろう。