その溺愛、契約要項にありました?〜DV婚約者から逃れたら、とろ甘な新婚生活が待っていました〜

96 穏やかな時間

「次の休暇、また観劇に行かないか? 昔ティアナが見て気に入っていたと言っていた演目がまた再演するらしい」

夕食を終えて身支度を整えて寝室に向かえば、先ほどの言葉通り、彼もすぐに寝室にやってきていた。
待つ間にいくらかの仕事をこなしていたのだろう。それを簡単にまとめると私の腰を抱いてすぐにベッドに向かう。

ソファに腰かけることも叶わずベッドに誘われ、彼が今日は絶対に私を早く休ませるつもりなのだという事はよくわかった。
ベッドに入って、思い切ったように彼に観劇に誘われて、私はすぐに首を縦に振る。

休日に彼と出かけるのは、あのリドックと再会した夜以来のこと、もうひと月以上前の事になる。
二人で出かける時間ができたことに加え、以前何気なく話した、昔見た観劇の演目の話を彼が覚えてくれていたことがうれしかった。

ベッドに入ると、彼が「おいで」と手を伸ばしてくれるので、迷わずそこに入り込むと、彼の広くて硬い胸に頬を寄せる。トクトクと聞こえる彼の鼓動が心地よくて自然と肩の力が抜けて大きく息を吐く。

以前はこんな状況になると緊張して恥ずかしくて仕方がなかったのに、不思議と落ち着いてしまうようになった。
彼にしっかり抱きしめられて、彼が私の髪の香りを嗅いで大きく息をついてリラックスしているのが伝わってきて……泣きそうなほどの幸福感に満たされる。

なんだか本当に愛し合っている夫婦のよう。

心が通じ合っていたのなら、どんなに幸福な瞬間だろうか。

彼の手が私の髪をゆったり撫でて、それが心地よくて目を閉じる。

私の身体を包む彼の腕も、呼吸も、香りも全てが私の身体に溶け込むような不思議な感覚を感じながら、とろとろと眠りに落ちながら、そう言えばリドックからの返答は今日もなかったのだろうかと聞き忘れたなぁと頭の片隅で思いながら、こんなにリラックスしている時に聞くなんて野暮だわ、と思いなおした。


♦︎♦︎

すぅっとすぐに眠りについたティアナの寝顔を眺めながら、ゆっくりと起こしてしまわないように細心の注意を払って彼女から離れる。

家人達から報告があったように、やはり疲れているのだろう。すこしもぞりと動いただけで、そのまま気持ちよさげに眠る顔はあどけなくてかわいらしい。

気が付けばそんな彼女を見て自然と顔が綻んでいた。
しかし、そんな穏やかな顔をしていられるのもここまでだ。

優しく穏やかな時の流れている寝室から、自室に移るとあらかじめメイドに命じてかけてあった外出用のシャツを手に取る。
丁度そのタイミングで、部屋の扉をノックする音が響いて、クロードが入室してくる。

「お見えになりました」

誰が、とは言わないのは、隣の部屋にいるティアナに配慮してのことだ。

「早いな。すぐ行く。部屋の周囲の警備は抜かりないな?」

「問題ありません。ダルトンの指示通りに配しています」

「わかった」

短いやり取りを終え、着替えを済ませると部屋を後にする。出がけにちらりとティアナを残してきた寝室へのコネクティング扉を確認した。
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