その溺愛、契約要項にありました?〜DV婚約者から逃れたら、とろ甘な新婚生活が待っていました〜

97 来訪者①【ラッセル視点】

「ご指示通り、離れの応接室にご案内しています。ご不満のご様子でしたが」

声を潜めて話をするために隣を歩くクロードの言葉に苦笑する。

「と、いう事は建設的な話ができる事は諦めたほうがよさそうだな。」

リドックから今夜、彼が我が家に話し合いに行く。という伺いなのか予告状なのか分からないものがクロードのもとに届いたのは夕刻に差し掛かる頃合いの刻限。
礼を欠いたような行動であることは間違いなく、本来であれば突き返して後日改めて日程を調整するところであるし、実際そのように返答しようとクロードが送って来た者に指示まで出しかけた。
思いとどまったのは、最近のティアナの様子が気がかりだったからだ。

ここ最近の彼女は、この件を気にしているせいか、ふとした拍子に思いつめた顔をしている事がある。
その上、業務を増やして少々無理をしているように見える。おそらくこの件に関して、俺やロブダート家に迷惑をかけているのだと真面目な彼女が自身を責めてしまっているのであろうことは容易に想像がついた。

早く彼女を安心させてやりたい。相手のあることであるから、こちらの一存でどうにかできるものでもないのだが、それでもあちらが早急に動こうとしているのであれば、それに乗るのは悪くないだろう。

できる事なら、ティアナと約束をした観劇の日までに、何とか見通しだけでも立てば……憂いのない状態できちんと彼女に自分の気持ちを伝えたい。
もしかしたら、俺の気持ちは、さらに彼女を困らせて板挟みにしてしまうかもしれないから。

 我がロブダート家には、本宅の東にもうひと棟、離邸を有する。今は日常ではほとんど利用されることはないが、俺が幼い頃は、少し広めで解放感のあるサロンを利用して、よく母が茶会を催したり、生活感を一切排除した重厚感のある応接室を備えているため父が商談などの打ち合わせに利用していた。

どう出てくるか分からないリドックにまず対応するならばここだろうと、決めていた。

久しぶりに灯が灯された離邸に入ると。入ってすぐの1階にある応接室の前にはダルトンと2人の護衛が立っている。
ダルトンと軽く目配せを交わすと、そのまま彼と、クロードを引き連れて入室する。

「お待たせしました」

入室してすぐ、ソファに腰かけてこちらに不満げな視線を投げて来るリドックに務めて冷静な声をかける。
クロードの報告通り、ティアナのいる本邸ではなく、離邸に案内されたことから、俺が今日彼にティアナを合わせるつもりがない事は伝わっているようだ。

冷静さを欠いた状態の彼とティアナを会わせることはできないと、前回の話し合いの際に伝えているにも関わらず、彼が今日少しでもティアナと会えるのではないかと期待していたのであれば、それは彼が俺の忠告など全く聞いていないという事だ。

離邸にしておいて良かった。
数時間前の自身の判断に胸を撫でおろした。

「突然の訪問にも関わらず、ご対応いただき感謝申し上げます」

代わりに口を開いたのは、彼の隣にいた、前回と同じ弁護士だ。

「そうですね、私も出仕している身ですから、今後はできるだけ余裕を持ってご連絡をいただけるとありがたく思いますが、しかし早めの解決に意欲的であるのは非常に助かります。ただ、今後はそれぞれの家でなくて、外部での話し合いを希望することだけは、強くお願いさせていただきたい」

釘をさすようにそう告げると、弁護士の方は「そうだろうな」と言うような顔で頷いて、リドックを見る。
しかし当のリドックはフンと鼻で笑って、皮肉気な笑みを浮かべている。

「ロブダート卿は随分と俺とティアナを会わせたくないと思える。何か後ろ暗い事でもお有りなようだが? 今日とて、なぜ俺がわざわざこちらまでまかり越したかお分かりでしょうに」

やはりティアナと会うために……
思った通りのリドックの考えに、正直嫌気がさした。

当初グランドリーよりは話が通じる男だと思ったはずだが、蓋を開けてみれば同等、もしくはそれ以上に厄介な相手だったようだ。

リドックではなく、ちらりとその横の弁護士を見れば、彼はやはり少々困ったような顔をしている。
どうやら依頼主を御しきれていないらしい。無理もない、彼らの理論に法律なんて関係ないのだから。

数年前、まだ学生だった頃にグランドリー相手に感じた、もどかしさや疲労感を思い出す。

「前回お伝えしたはずだ。冷静でない状態のあなたにティアナを会わせることはできない。もしあなたが心を落ち着けて彼女と建設的に話ができると分かれば、その場を設けたいと思っているし、彼女もそれを望んでいる」

「ならば早くティアナをこちらに連れてきたらいいではないか? なぜ隠す!」

食い気味に半ば腰を浮かせて抗議するリドックに、俺は大きく息を吐く。

「彼女と将来を誓ったから、戻りたくもないこの国に戻ってきたのだろう? それほどに彼女の事を想っていたのならば、なぜ彼女の心を守る事を考えない? 彼女の身に起きた事はあなた自身も良く知っているはずだ」

「っ……そんな事は分かっている! しかし、俺とティアナは学生時代を共にしているんだ、あなたとは付き合いが違う! 彼女が俺に怯えることなどあるはずがない!」

「では、君の兄上はどうだった? ティアナとの付き合いは長かったはずだが? 君の理論で言えば、そんな付き合いの長かったグランドリーに怯える事になったティアナがおかしいという事にならないか?」

「それは、あの馬鹿が彼女に暴力を振るったからで!!」

そう言って勢いのまま次の言葉を紡ごうとしたリドックだったが、自身の中でも少しばかり自分の理論のずれを理解したらしい。
一度口を噤んで、ぎゅうっと膝に置かれた彼の拳が強く握られた。

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