その溺愛、契約要項にありました?〜DV婚約者から逃れたら、とろ甘な新婚生活が待っていました〜

98 来訪者② 【ラッセル視点】

「こちら側といたしましても、前回のロブダート卿のご要望を汲みまして、準備はしてまいりました」

リドックが黙った隙を縫うように、今度は弁護士が声を上げた。
前回同様の状況で、話し合いの場がお開きなる事だけは避けたいという事なのだろうか。
リドックに視線を向けると、「よろしいですね?」と何かを断って、自身の胸ポケットから白い封筒を取り出してこちらに押しやってくる。

「何よりもティアナ様の御心が一番という事は、リドック様も理解しております。ですから、一番冷静にお心を伝える手段といたしましてこちらをご用意させていただきました。」

「手紙か?」

問うようにリドックを見れば、彼は小さく息を吐いて「えぇ、そうです」と短く答えた。

「ご心配ならば、貴方読んでから渡せばいい。間違っても渡さないと言うような卑怯な手に出ない事を願いたいが」

「もちろん渡すさ。俺が読むかどうかはティアナに決めてもらう」

しっかりとリドックを見据えてそう誓うと、ようやく真っすぐこちらを見て来たリドックが値踏みするように俺の顔を睨みつける。

正直、その顔が彼がこの世で一番嫌いな兄の顔とよく似ていて、ティアナと会わせることができるのは、いつになるだろうかと気が遠くなる。

「今日はもう失礼する。長居する理由もないしな」

興覚めしたとでも言うように投げ槍な言葉を放ったリドックがすっと立ち上がり、弁護士を促して、戸口へ向かっていく。

すぐに後ろに控えていたクロードが動いて扉を開き、彼等を車止めへとエスコートしていくのを見送って、ゆっくりとソファの背もたれに身体を預ける。

結局、何一つとして進まなかった。手紙を引き受けたという事は、今夜リドックが尋ねて来て対応した事も伝えねばならないという事で……また彼女に負い目を感じさせてしまうのではないかと、少々憂鬱になる。

テーブルの上に置かれた白い封筒をぼんやり眺めながら、どのように伝えようかと思案していると、しばらくしてリドック達を送り届けてきたクロードが戻って来た。

「今しがた、本邸の方の寝室に灯がついておりましたので、おそらく……」

「起きてしまったか…」

本来であれば今夜はゆっくり寝かせて明日の夜にでも……と思っていたのだが、どうやら彼女は敏感に俺の動きを察知していたらしい。

「本邸に戻る。きっと不安になっているだろうから……後を任せるぞ」

そう告げて、俺はすぐに立ち上がるとテーブルの上の手紙を胸のポケットに仕舞って部屋を後にする。
結局どのように説明するのが一番彼女が気に病まないのか、考える隙もそうなかった。

とにかく今は、不安そうにしている彼女を少しでも安心させねばと、自然と足取りは早くなる。

そうして部屋に辿り着けば、クロードの読み通り、部屋には灯が灯されていて、彼女が不安げに窓辺に立っていた。
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