あなたに夢中
「乾杯」

グラスを合わせ、渡辺君がオーダーしてくれたワインに口をつける。
彼が連れてきてくれたのは、駅から少し離れた場所にあるイタリアンレストランで、ダークな色合いのインテリアで統一された店内は、カジュアルながらも落ち着きがあって居心地がいい。

「適当に頼んでいいですか?」
「うん。お願いします」

手際よくオーダーする様子を見て、やはり彼は女性の扱いに慣れているのだと実感する。でも今は渡辺君の恋愛事情よりも重要なことがある。

「さっきは助けてくれてありがとう」

私に代わって残業を断って、こうして食事に連れてきてくれたのは約束をしたからではなく、坂本さんの嫌がらせから守ってくれたのだとわかっている。

「いえ。坂本さんや藤井さんにきつくあたられていたのを知っていたのに、今まで助けられなくてすみませんでした」

彼はグラスをテーブルに置いて頭を下げる。

「謝らないで。本当は自分でなんとかするべきだったのに……。渡辺君にも嫌な思いをさせてしまってごめんなさい」

坂本さんと藤井さんとの関係がこじれてしまったのは、全部自分のせい。それなのに、渡辺君にまで迷惑をかけてしまって心が痛んだ。
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