あなたに夢中
「お先に失礼します」

定時になると同時にパソコンの電源を落として仕事を切り上げる。
こうすれば坂本さんに残業を押しつけられないし、渡辺君とも帰りのタイミングが重ならずに済む。
本社を後にして早足で駅に向かって歩いていると、背後から聞き覚えのある声が耳に届いた。

「堀田さん!」

私を呼ぶ声を無視できずに足を止める。振り返ると、こちらに向かって走ってくる渡辺君の姿が視界に入った。
息を切らして私を追い駆けてきた理由がわからないまま、目の前で立ち止まった彼を見上げる。

「堀田さん。今度の土曜日ですけど、どこで何時に待ち合わせしますか?」

土曜日はふたりでパフェ専門店に行く約束をした。でも、御曹司である彼とかかわりを持つのはやめようと決めたばかり。

「ごめんなさい。その日は急用ができてしまって……」
「そうですか、それは残念です」

穏やかに微笑んでいた表情を一変させて、眉尻を下げてつぶやく姿を見たら、申し訳ない気持ちが胸いっぱいに広がる。

「じゃあ、次の土曜日はどうですか?」

急用ができたという私の言葉に一度は納得したのに、彼はなお食い下がる。
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