あなたに夢中
倹約家なのを意外に思いつつ、他愛ない話をしているとタクシーがマンション前に到着した。

「荷物、部屋まで運びますよ」
「ありがとう」

厚意に甘えてタクシーから降りると、エレベーターで七階の部屋に向かう。
今まで誰かに家まで送ってもらった経験が一度もない。
お礼として、部屋でコーヒーでもご馳走した方がいいのだろうか。でも、男性を軽々しく家に誘うのはよくない。
ひとりで頭を悩ませていると玄関前に着いた。
セレクトショップで買った服が入ったショッパーバッグを、渡辺君から受け取る。

「じゃあ、俺はこれで」
「う、うん。ありがとう。……あのっ!」
「なんですか?」

思い切って渡辺君を呼び止めてみたものの、家に誘う決心がつかない。

「……ううん。なんでもない。今日は楽しかった。本当にありがとう」
「いいえ。じゃあ」

やわらかな笑みを浮かべる彼に向かって、小さく手を振る。

別れがたく思ってしまうのは、今日が楽しかったから。
次にスイーツを食べに行く日を待ち遠しく思いながら、渡辺君のうしろ姿を見つめた。
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