此方は十六夜の蝶。
色は匂へど 散りぬるを
我が世たれぞ 常ならむ
うゐの奥山 けふ越えて
「浅き夢みじ……ゑひもせず───…」
誰もが知っている句だと、主さんは笑いんす。
だからあちきは得意げに言ってやるのでありんす。
意味まではしっかり分かってござりんせんでありんしょう───?と。
「須磨花魁がいろは歌をうたっているときがいちばん、あたいは好きでありんす」
「…ふふ。ありがとう」
「食事の用意ができんした。では、失礼いたしんす」
よくできた禿だと、見るたびに幼かった自分を思い出す。
お辞儀の作法、言葉づかい、なにも教養がなっていなく、出て行くことばかりを考えていた。
あれから9年が経とうと、変わらず今日も籠のなかから空を見上げる。
「……水月」
口ずさむはいろは歌と、彼の名。
12のときだった、出会ったのは。