此方は十六夜の蝶。
八尋には黙っているが、楼主や世話役たちはとっくに見破っている。
そしてそれを庇ってやっているのは寅威だった。
自分の立場は郭に囚われた小鳥ではあるが、彼らを黙らす権力だけは持っていた。
顔を隠して遊郭を抜け出してゆく八尋を、寅威は今日もじっと見つめる。
『この不届き者がっ!!何度言ったら分かるんだ!!』
『うっ…!』
『おまえは反省するまでここから出さねえからな……!!』
『っ、ぐ…っ』
しかし、この日だけは八尋は詰めが甘かった。
稽古の時間に間に合うようにすることは厳守だったはずが、楼を出た先でときめきに身を置きすぎたのだろう。
なかなか現れない八尋に、世話役でもある番頭新造は気づいて、揉め事の仲裁らを担う二階番にとうとう密告したのだ。