此方は十六夜の蝶。
『……だから言ったのに』
鍵のかけられた仕置き部屋の前。
布団にくるめられ、そのまた上から縄で身体を縛られた八尋へと、寅威は声をかける。
商品でもある顔をいたぶることだけは絶対としてされないが、掟を破った禿にはそれ相当の仕置きが下される。
寅威はそんなものを今より幼い頃から何度も何度も見てきていた。
『そんなにこの場所を出たいの?』
『……出たい』
『好きな女の子でもいるの?』
『……………』
売られた身である八尋には叶わぬ夢だ。
脱走しなければお天道様の下を歩けない時点で、そのような夢はどれほど愚かなことか。
吉原の実態を寅威は知っていた。
身体を売りつづけ、最終的には梅毒になって使い物にならなくなり、無様に籠のなかで死んでいくのだ。
それが自分たちに待ち受ける未来。