此方は十六夜の蝶。
羽が揃った簪を受け取り、どこか物憂げに口を開いた寅威。
『まだ脱出癖は直っていないらしいね、八尋。今でもしょっちゅう抜け出してるって、みんな愚痴っているよ』
『……俺はただ好いている女に会いに行っているだけだ』
『…そう。…ああそうだ、もう源氏名は貰った?』
水月─すいげつ─、緋古那─ひこな─。
それぞれに振り当てられた名は、水揚げが近づいている証。
普段からあまり表情には感情を出さない八尋が、ギリッと歯を噛んだ。
『ねえ…八尋。吉原で唯一、客を選べる立場があることを知っているかい』
『……この場所でそんなこと…、できるのか』
『できるよ。そこに立てさえすれば、客を断ることだってできる』
動揺する片方は気がついた。
柘榴と朱殷が模様された彼の懐に、薄気味わるく笑った面が隠されていることを。