此方は十六夜の蝶。
それに、私は今日、水月さんの話はしないでと言ってあったのだ。
その上でもしてくるほど、あなたは意地悪な人ではないでしょう。
「緋古那さん、キツネさんの本当の名を教えてはもらえませんか…?」
「…知ってどうするの?」
「知りたいんです。知っておきたいんです。存在してはいけなかった、隠されつづけてきた子なら……尚更。私は彼に、幸福を与えてもらいましたから」
心残りだった。
お礼を言えなかったことも、名前を聞けなかったことも。
「……寅威と、いったかな」
「…とらい……さん」
とらいさん、寅威さん。
「────…素敵な名前」
私の名前を教えたとき、キツネさんは「いい名前だね」と言ってくれたことを覚えている。
両親のことを必ず教えてくれなかったじじ様は、私の名前の由来についても教えてはくれなかった。