此方は十六夜の蝶。
夢幻
「鷹…、遅いな…」
最近、帰りが遅い。
あの日から鷹の笑顔も消えてしまって、私たちに初めての空気感が流れていた。
今日もまた、釣りに出かけたはずの鷹が帰ってこない。
黄昏(たそがれ)がいっそう濃さを帯びて、私はしびれを切らして家を飛び出した。
「どこに行っちゃったの…」
まさか吉原…?
ううん、それだけは絶対ない。
あんなにも取り乱していたのだから、吉原という言葉すら鷹にとっては地獄みたいなものだ。
「頼む…!!金なら稼ぐっ、だからオレにその着物を譲ってくれ……!!」
商店街、呉服屋の前。
見慣れた顔が、店主から追いやられるように店から出てきた。
しかしめげることなく、何度も何度も頭を下げてはしつこいほど「着物を譲ってくれ」と、諦めない様子。