此方は十六夜の蝶。
幸福
「……いらっしゃい」
たとえどんな客が来たとしても、そう言わなければいけない。
という教訓でも叩き込まれているのだろう。
大海屋の暖簾をくぐった私を前に、構えていた彼は一瞬だけ瞳を開かせて、困ったように微笑んだ。
「楼主さんを呼んでください」
「……楼主?なにか特別な用でも?」
「はい」
動揺している緋古那さんと、肝が据わった私。
今日ここに来たお金だってあなたのものではない。
あなたからの支援がなくとも、私は生きている。
「…今はちょうど席を外しているんだ。もうしばらくは戻ってこないだろうから……遊んでいくかい?」
ここで震えてしまうだなんて。
すぐに持ち直して、首を横に振る。
「今日は楼主さんに大事なお話がありますので」
緋古那さんの視線は、そう言った私の背後に立つふたりの男に一直線だった。
彼らは尾張徳川家の家臣たちだ。
今日という日のために私の護衛含め、一緒に来てくれた。