此方は十六夜の蝶。
あなたが自分には何もないと言っている以上に、私のほうが何もないの。
お風呂にだってろくに入れなかったような女なんか、ぜったいに嫌でしょう。
化粧もできなくて、今を生きるだけで精いっぱいな女なんか。
「じゃあ俺たちは、もうここでさようなら?」
「………はい」
私は今までどおりの生活に戻るだけ。
あなたには武家の女性がお似合いだ。
厚手の良質な着物をまとった、髪も長くて綺麗で、学のある素敵な女性が。
徳川というのは嘘ではないけれど、その名前は今後も隠して生きていくと誓った身なんだ私は。
「本当にそれでいいのかい?」
「っ…、」
いやです、いやだ。
昼間の川原をふたりでお散歩するような、商店街を並んで歩くような。
海も縁日も一緒に行けるような。
本当は、ほんとうはね、そんな関係に。