此方は十六夜の蝶。
八尋。
友の幸福を素直に喜べなかったのは、おまえも同じだろう。
「どうした、須磨花魁よ」
「……そんな者、おりんせんよ。あちきは花魁の身、無駄な足掻きはとうの昔に捨ててきたでありんす」
「そうか。なら私がおまえを買っても良いということだ」
私の名は久々知 久兵衛という───と、ここで興味もない自己紹介がされる。
「なっ!やめなんし…っ」
パシッと腕が取られ、いまだ酒も入っていないというのに畳に身体を押し倒してきた。
こういう客は少なくない。
いつもであればサラリとかわせていたところだけれど、私もずいぶんと動揺していたようだった。
「あちきは吉原の花魁でありんす…!そのような真似は…っ」
「なにを言う。私は徳川家の者だ。だれが私に指図できると?」
「っ……」
水月。
私たちの道は、もしかしたら間違っていたのかもしれない。