此方は十六夜の蝶。
「やめっ、」
「私に無礼を働いてくれ」
「………え…?」
「大声で喚き、押し返し、花魁らしからぬ行動をしてほしい」
ギリギリのところで小声に変え、信じがたい命令をしてきた男。
この状況で私にあえてそうしろと、彼は言っていた。
先ほどまでの傲慢な態度はまるで作り物というように、彼の瞳にまっすぐな誠実さが見えた。
「そ、そんなこと…」
「大丈夫。あなたに痛いことをするつもりなど、最初からありませんから」
何かが、変わるのだろうか。
なにかを、変えてくれるのだろうか。
信じてもいい顔をしていた。
この人の目は、信じて大丈夫だと。
「っ、あちきに触るな……っ!!」
ドンッと、めいっぱい押し返す。
徳川の者に楯突いたのだ、私は。
「もっと言ってくれ」という眼差しをしてくるから、私は次から次にできる限りの無礼を働いた。