此方は十六夜の蝶。
そんな江戸から離れたこの駿河(するが)の地で、私はいま彼とふたりで暮らしていた。
「トラちゃん、あの先生ちょっとひどいよね…、みんなに優しい顔してるんだよ?」
彼がお仕事中、私は邪魔をしないように家事をこなす。
お洗濯ものを干して、お掃除をしてお買い物に行って。
たまに生徒たちに出すお茶菓子を作ったりも。
そのあいだの話し相手と言えば、トラちゃんと名付けた宝物である置物だ。
「生徒も私くらいの女の子しか来ないし…、老若男女で募集しているのに、あれじゃあぜんぜん意味ないよね…?」
トラちゃん、どう思う?
せめてきみだけは私の味方でいて欲しいな…。
「“そんなことないよ、ウルちゃん。彼はウルちゃんのことが大好きだよ”」
と、トラちゃんのものだと言い張る作られた返事が返ってきた。
………私のすぐ背後から。