此方は十六夜の蝶。
「…昔、幸福を与えてくれた人がいます」
「幸福?…どんな?」
「野垂れ死にそうだった私に食べ物を恵んでくれたひとで……狐のお面をしていたから…、キツネさんと、呼んでいます」
「…キツネさん、か」
髪を伸ばさなかった理由は、また会えたときに気づいてもらうため。
どうしたって身体は成長してしまうから、せめて髪くらいは10歳のままでと。
「…そいつはひどい男だな」
「そ、そんなことないです。やさしいひとです」
「女の髪を切るだなんて」
「……どうしてその人に切られたって、知っているんですか…?」
私、そこは話していないよ。
食べ物を恵んでくれたって、それだけ。
「…俺の立場になれば会話からなんとなく読み取れる。それも俺の仕事だ」
だから私の期待をこうもへし折ってくるのだろうか。
惜しいところまでいって、振り出しに戻される。
腰がくいっと引き寄せられて髪が触れあっただけで一喜一憂してしまう、私の心。