此方は十六夜の蝶。




「お腹は空いてる?」


「…いえ、大丈夫で───」



ぎゅるるるるるーーー。
ぐるる、ぎゅる。

………せめて1回で止めて、お腹の虫。



「だいじょうぶです」


「よく言い直したね。いや、よく言い直せたね?さすがにびっくりだよ緋古那は」


「……ほんとうに大丈夫なんです。空腹には慣れているので」



時間が経てば気にならなくなっていることを知っている。

お腹が空いたと思ってしまうことが最盛期で、そこを過ぎると今度はいちばんつらい胃液が出てくる症状に襲われる。


ただ、それすら乗り越えたならこちらの勝ちだ。


狙いは胃を小さくすること。

すると水だけで満腹感を味わうことができる。



「やめようか、そういうこと言うの。つい抱きしめたくなるから」


「……っ!?」


「あらら。熱が上がってきたみたいだ」


「か、からかわないで…ください」


「ん?からかってないよ。…からかっては、ないね」



向いてないと言われたばかりなのに。

たかが戯れ言に悲しんで喜んで泣いているようでは、吉原で遊ぶには向いていないって。



< 56 / 303 >

この作品をシェア

pagetop