此方は十六夜の蝶。
第一章
羽鷹
「おい聞いたか?浦賀のほうにデッケェ船が来たってよ」
「黒船っつーらしいな。異国民がわんさか乗ってたらしいぞ」
「なぁにが異国だ!この国がいっちばん強いに決まっとる!!」
のちにそれは亜墨利加(あめりか)と呼ばれ、亜国(あこく)やメリケンと住民のあいだでは語られるようになる。
黒船来航───、
それは鎖国だったこの国に大きな衝撃と技術をもたらした出来事だ。
しかとて庶民や農民のあいだでは、所詮はうわさ程度。
江戸の片田舎に暮らす私にもよくわからない。
「ウルっ、ウル…!大物が取れたぞ!!今夜は鍋だ!」
立て付けの悪い戸をずらし、足音を賑やかに叩かせながらひとりの青年が顔を出す。
へへんと鼻を鳴らす彼の右手には、すこし前まで海を泳いでいたのだろう活きの良さそうな魚。