此方は十六夜の蝶。
「あ、またやっちまった」
そんなものを見たからか、「これまた失敬」と、おどけた緋古那さん。
「これから汗を落としに湯浴みにいくってのに、それ前に新しいものを着せてしまってどうする」
「……ふふっ」
「…行こうか」
肩を組まれるようにして、私は部屋を出た。
これは緋古那さんの太客のふりをするために大切なこと。
「まだ客を返していないのですか」と、通りすぎる下働きたちに言われはしたものの、彼がじろっと瞳を動かしただけで収まってしまう。
「俺はこの近くで見張っているから、ゆっくり浴びてくるといいよ」
「……ありがとうございます」
内湯と聞いていたからこじんまりしたものを想像していたけれど、なんとも広々とした風呂場だった。
人生のうちで2回ほど行った銭湯よりもずっとずっと広い。